2021年01月10日

赦しと風と

赦しと風と

赦しと風と
赦しと風と

皆様ハッピーホリデーでやんす。今日も来てくださってありがとう。しばらくね。ホームページの構成などをやっていました。

作業しつつ、福音を聴きながら赦しの事を感じていました。赦しは考えて成る物でないと思ってますから、あ~やっぱり、そうですよねぇ~とかね。これは、僕が語ってもあれなんで。あれってなんやw。そうですね。考えて成る物でないから表現するしかなくて。

ですから表現しますと

人の内面の目は

右目が白で
左目が黒

人の内面の見えない目は自覚出来ずにそうなっていることが多いから、自覚がないので赦してあげれるならそれにこしたことはないです。自分の目も意外とそうなっていることが多いから。出来るだけ鏡に映る目の様に働きたいですと祈ります。祈りが必要な理由は意図しても決意してもそれを邪魔する宜しくない霊が見えないのですけど世には混在しているからです。ですから右目にも左目にもちゃんと白黒在ってほしい。自分の目を見るのも偶にはいいですね。新鮮です。

それから

袖触れあうも・・
この言葉も袖が触れ合って風が吹いた方がいいと思っています。木々の葉音は触れ合うだけじゃ鳴らないんですね。この風の事を見えないけど御霊といいます。人は触れ合って風が吹いてたら耳心地がとても良くて、わだかまらないんですよと。神の御霊は風のようだとそういう風に聖書に書いてました。

赦しと風につきまして、今日感じた事を書かせて頂きました。
(@^^)/~~~ じゃ!!またね💛