2020年08月12日

恵みの素晴らしさ

今日は、とても素晴らしい一日でした😊。

相変わらず、現場は暑いし、いろいろ御座いますけども。

けども、だどもで本日のタイトルは恵みの素晴らしさを書かせて頂きます。

この歳49歳であの時誓った。無理して誓った言葉が成就しましたのです。

(この喪失に一円の値打ちも付けませんから)という誓いです。
勿論当時は慟哭による神様の導きは御座いましたので勢いだけの言葉でも無いですが。(笑)

これが、まぁ・・その時の写真ですね。
よく頑張ってたほうだと思うのですが・・・。

けっこう、この頑張りが仇となって器といいますか枠といいますか、それらを統括する概念が出来たというのか、物理的にも精神的にも器って手に持って他人様と二個並べると天秤になるじゃないですか。

本日はそういうのが無くなった素晴らしい一日でして
これは、あ・た・く・し

絶対忘れないだろうなと思います。

あ~なんだか勿体ぶっ付けっちゃってますが、個人的に滅多にない気付きですので
書かせていただきますと。

あの時が在るから今がある
あの時の労苦があるから今がある
あの時の喪失があるから今がある

ではなくて、
じゃなくて、

あの時の在るを恵み増してくれた方
あの時の労苦を恵み増してくれた方
あの時の喪失を恵み増してくれた方

が居るから、今の私があるのだと
教えて頂いたのです。ウフフ。😊

過去の自分は自分一人の栄光ではなくてそこに共に居て下さった方の導きと栄光でもあるはずなんです。この様に自分は心の板に焼き付けられました。

あの時が在るから今がある
あの時の労苦があるから今がある
あの時の喪失があるから今がある

僕にとってはですけど、もしこの言葉を他の人に伝えられても自分自身に伝えても焦点が自分だけに向けられるこの言葉では、今どれだけ恵まれていても今どれだけ試練の渦中の中に居ても恵みの深さも試練の強弱もみんな全然ちがいますから、中々視えなかった言葉だったんです。この言葉だけでは、ともすれば人として対等に視たい気持ちを持っていても視れなくなる事も実際あったんですね。ちゃんと視れないで流し目に成る時だってあったんです。

ですから私にとっては
やっとこさの対抗策に成り得る言葉です。
あの時でも私が倒れ無いようにと・・
神様の恵みが共にしてくれていたということは。も言葉も

その様な訳でして、もう、金輪際
過去の苦労話や乗り越えて来た試練を誇るといいますか手に持つ事はないでしょう。代表的な個人的なエピソードでも、当時共に戦った実兄にも、やっと、そう、やっとです。勢いだけでは無くて一円の値打ちもつけない真意を伝える事が出来るのです。それよりももっと素敵な神様の恵みを受けていた事に気づかせて頂いたからです😊。

それに、今の若い子らが主語も勿論。我が娘にもその様な目線は送らないでしょうから、より豊かな恵みをみんなで広げて行ける望みも視えて参ります。

本当にありがとう御座いました。m(__)m

(@^^)/~~~今日もお付き合い下さってありがとう御座いました。
また、宜しくお願いします。♨

器とかそういうのが並ばないので
今日は多分ここ10年で一番謙虚だと思います😊。