2020年06月05日

十字あり捉えればと喜んでおります

目から入って来て
目から出たりしています

目から入って来た物を
口に直ぐ渡してしまうのですけど

その前に
鼻がある事に気付きます

鼻は目から入って来た物を
直ぐには口に渡さずに

懸命に嗅ごうとしていたり
また吸い込もうとしています

また、鼻は
目から流れ出る物が
一つに成らない様にと

一つはあなたで
一つは誰かでもいいようにと

流れの真中で在り続けようとしています

これは
立って流れる事に在る恵みでもあり
縦に流れる哀しみの事でもあります

そうしていても

静かに横たわり
流れる哀しみには
鼻は静かにせねばなりませんので
口もつられて静かにしています

横に流れる哀しみは
目じりを通り聴く場所へと
告げ知らせます

哀しみが辿り付く場所
聴く場所の傍
ここは聖域です
人知が及んではいけない場所でもありますから

あの方でさえ、キリストでさえ、

わたしの願う事ではなく
あなたのみこころのままを
なさってください・・と

その様に祈られた場所であります
わたしではなく
神様が直接に癒してくださいと
祈られた場所でもあります

もし人が
人の英知で全て解決出来るとするのなら
全ての哀しみを網羅出来るとするならば

誠に清く、聖なる方が
触れようとしない場所でありましても
焦り余り、触れる事になります

何故なら人は、私は、
無知でも優しいからです
両翼が掛ける事はほとんどありませんが
悪気の無い正義もひょっこりとしています

ですので
触れてはいけない場所があるからこそ
神様と人との聖域を意識するからこそ

人は人をより一層大切に扱えると信じますし
聴く耳を引っ張ったりしません
聖域を無理に広げなくてもいいのです
それはあなたにも私にも
誰にでも痛みを伴います

触れないから、昔のまま、生まれた本性のままを
愛と労りがより一層増し加わっていただく
幾重にも増し加わるお手伝いが出来ますし
これはより大きく増し加わってと願えます

縦の哀しみも横の哀しみも十字あり捉えればと
喜んでおります😊