2017年11月29日

2つのコップと無償の愛

私の中には二つのコップが置かれています。

一つは自我のコップ

もう一つは愛のコップ

自我の中に愛はありません。

愛の影が映るだけです。

愛のコップは貰わないと置けません。

2つのコップです。

別々に存在しています。

自我と愛は別々です。

自我は愛を捨てますが

愛は自我を捨てません。

自我は愛を育てませんが

愛は自我を育てます。

だから別々のコップが存在しています。

私の愛とはなんでしょうか。

自分を罵り、罵声を浴びせ、唾をかけ、鞭打つ者の為に祈り、死の丘にたった1人で登る事が出来た方の事を言います。

私はこの愛を作れません。

だから神が人の形を取り愛する事を先に残してくれました。

それ以外の愛もありますが、無償の愛ではありません。

愛する者の為に死に渡される事を厭わない方もおられるでしょう。

人の世にこの様な大きな愛は存在していません。私もその様に生きた事があります。

しかし、それは無償の愛ではありません。

先に貰っているからです。

 

自我のコップは時に濁り、飲めなくなる時があります。

墨汁を落とされたり、結露したり、乾き切ったり、氷付きますが、

愛のコップは何時でも飲めます

2つのコップがあれば乾きません。

愛のコップは、もちろん、誰でも無料で自由でなければなりません。

自由が無ければ愛ではありません。