【いつも、喜んでいなさい】

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。 Ⅰテサロニケ5:16

【いつも、喜んでいなさい】

 

この聖句の中に在る【いつも、喜んでいなさい】こちらの教えをどの様に全うするか書いてみようと思いました。何時もありがとう御座います。たぶんですが、以前にも記した事がありますので、2回目の様な記事内容になると思いますが今回はしっかり書かせて頂こうと思います。

ありがとう学び会

ありがとう学び会

先ず【何時も喜んでいなさい】この教えは、感情を持つ私にはとても難しいことでしたが、履行されている先輩のキリスト者の方が0だった訳ではありません。日曜日の朝の教会での学び会でお会いする姉兄の霊性は正にそうでして、感じる力が強い僕でも(なんだか言い切って申し訳ないのですが別に自慢ではなくてむしろ嫌な感じ方も倍加するのでイーブンとして見てください。)全く嫌な感じがしませんでした。

むしろこの人達は人間なのかと疑う様な雰囲気をお持ちでした。無理も努力も裏付けとして出ていない淡々としたその様はあらゆる人間的な匂いが漂って来なかったからです。

中々機会を頂けませんとお伝えし難いですし、御自分の内面が常に外に出てる様な感受性の強い人でないと感じれないかもしれませんが、確かにいつも喜んでいなさいを纏う方はいます。バカ(笑)の方ではなくて静かに笑んでいるという表現が合ってると思います。花が咲くというよりも花が揺れているという表現が合っていると思います。

当時は私の信仰も若くて解らなかったのですが(今でもたいそうではないですよ)、何故そうなのか解明出来た箇所だけ御説明させて頂こうと思います。

私が真理である

第一に
①諸兄に在りましては私も探しいていた通りで、真理とは何か?これを追求されて歩まれて来たと易く想像は付きます。真理と自我は共に歩み、共に支え合う兄弟の様なものですからことさら真理の成長が自我の成長。すなわち成長が誰かや何かを護る力になると携えておられたと思います。

しかし、この探求には終わりがないのです。何故なら自我はどの様な真理も喰らい尽くす性質も罪故に持ち合わせており、自我は禁断の実を食した時から発芽して自分を神とするかもしくは誰かを下げる等、無意識の中で躍起となり常に自分の位置(高い低いは関係ないですよ)を気にしてそこに導こうとします。(それの是非でもないです)問題は其処にずっと留め続けようとする力のことであります

しかし、私の中にももちろん在りませんが、真理は諸兄の中にはなくキリストに有って在ると気付かされたので最早真理を探す旅は終わりを告げてくれたのですね。これが真理だ!と手に持つ事が自分を神とする自我その物でそれを持てない方を侮る事でもありますから、その様な事をしない霊性に戻れるという事で御座います。禁断の実を食べる前の状態ですので(いつも、喜んでいられる)要素の一つでもあります。

私が道である

第二に
②私も共に諸兄にありましては、どの様な人生を歩もうか。真に生まれて来た意味を探す道を求めて居られたと思います。誰かを護る。これもとても崇高な意志ですが、やはり自分の足で歩む道も愉しんで居たい。探せど探せど、どれも同じような道に見え、誰かが通った道に視えた事と何度も想われたことでしょう。

しかしながらただ歩くだけで、ただそれないだけで恵まれる道は一つしかありません。わたしが道であると宣言されたキリストを歩む道だけです。この道には活きがあり息をしていて私の歩みの全てと足の裏の痛みを知っているからです。そんな傷みを知っている道は他にはありません。なぜなら誰よりもキリストが痛まれたからです。ですので(いつも、喜んでいられる)要素になり得ます。

私が命である

③第三に
確かに今、私は生きています。今日もこうして書いていますが、明日を生きれる保証は誰も出来ません。今夜で終わる可能性もありますが私には死なない確信があります。それは私は命ではないという確信があるからです。

では何故死なないという確信が増すのでしょうか?私が命であると仰ってくれた方が居られるからです。この方もキリストです。もし僕が命だとしたら、自分も絶望して人様にも絶望しかお伝えする事しかできません。ですので(いつも、喜んでいられる)要素になり得ます。

(まとめ)

わたしが道であり、真理であり、いのちなのです}(ヨハネ14:6)

この言葉はあらゆる人に自由をもたらしてくれます。神様がこの言葉を言う場合と人間が同じ言葉を言った場合、どちらを信じれるかを考えますが全ての項目で表現は違っても人間も同じ事を言っています。諸兄にあられましても同じくして、僕が道でなく、真理でなく、いのちではないので、しんどくないし、もうさがさなくていいし、死をこわがりません。

ですので、想像して使える内面の情景は
大はしゃぎの犬でもいいし
にんまりと眠る猫でもいいし
ゆったり舞う鳶でもいい。
それこそなんだっていい。

【いつも、喜んでいなさい】
こうしてこの教えを全うできるのだと思います。いつも、喜んでおれるとおもうのでした。読んでくれてありがとうございました。😊

この記事を書いた人

【鈴木 大輔・広子】

【鈴木 大輔・広子】

皆様こんにちは。ご訪問ありがとう御座います。
【屋根工房きのした】親方の鈴木大輔です。

このホームページの記事は2011年から全て私達現場の職人達で綴って参りました。殆ど何も情報が無い時代から、皆様から頂く御信頼と共に沢山の実例と気付きに支えられ様々な雨漏りを【必ず直す】という個人的な意志を全うさせて頂きました。ご迷惑をお掛けした事もございましたが本当にありがとう御座いました。

このHPではビル・工場・一般家屋を含めました雨漏りの事例や対処方法を86記事、技術考察記事を45記事程明記しておりますので御入用でしたら是非お役立てください。その中にはDIYで直せる雨漏りも混在していますが御自分でなさる際には安全には充分にお気を付け下さいませ。

引き続きまして今後共、何卒よろしくお願い申し上げます。
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