完璧で完全な人になれるよ

完璧で完全な人になれるよ

完璧で完全な人になれるよ

みなさま。こんにちは。今日も今日とて、日曜日がやってきました。日曜日は個人的におもくそ霊を尽くす日となっています。いわば。魂を出して洗濯したり、お風呂にいれたり、また泥サウナ。。泥はダメじゃんwww いや、目的によりますといいのかなw

とにかく、もう活きている実感が欲しくて僕は考え捲ってるのが実情なのかもしれませんね。😊

さて、人間の内面はほんとうに広いから、それこそ決め付けたり、限る必要なんか全然ないんだと何時も思うのであります。相対の器とか果てしなくどうでも気にしなくていいよ?、元々広いのよ?これはホントにそうだよ?狭いという前提がもうキナ臭くて嘘くさくてエゴ臭くて悪魔に秤持たされて騙されてないですか?広さの証明が狭さの証になりませんか?どう感じますでしょうか。から投げかけさせて頂きまして

そんなんしてましたら、面白い事が近づいてくれますといいますか、面白い風? 匂い?こういうのがやって来て下さいます。ありがたい事であります。m(__)m

そんな今日は完璧で完全な神様の感情について考えていました。

人間は完璧じゃないし、完全じゃないというのは解り切った答えではあります。喜怒哀楽含めて色々長続きしませんし、全ての感情を跨いで集約して一度に感じれられませんし、どれか一つしか一度に魂は感じ取ってくれないのです。

これには理由が在って、人間は罪人に成った時から狂人にしない様にと神様の配慮が在ったからだと僕は信じています。何にでも理由が存在しています。が、いますが。。。!!ザイニンじゃないのですよ?。どうも、これが誤解され易いのです。人間の価値観の中に在る固定観念のザイニンの方じゃないのです。そうじゃなくて本質的に一度人間は悪魔に負けているという烙印が精神性の世界史において在るという事をお伝えしたいわけです。

ですので、人がどう感じていましても、人間が一度負けた事を何よりも誰よりも悔しがったのが聖書の神様であるという事もお伝えしたい訳なんですね。あーせい。こーせい。きみたちはザイニンだから。。。とかと違うんですよ全くちがいます。そう伝えられても信じないでください。

人間が一度悪魔に負けた事が神様にとってどれくらい悔しいかと、申し上げますと、神様には罪がありませんので、完璧に悔しいし、完全に哀しいし、完璧に悲しいのです。

僕は完璧に悔しい存在を知ってはいますが、僕は罪人ですから、僕の悔しさが神様のそれと同じかといいますと難しいです。解りません。

だから信仰者はより神様に近づこうと、精錬された金に在ろうと歩み続けるのであります。御声を聴くまでたぶんその歩みは止めません。その時完璧に楽しいも完璧に嬉しいを持つ神様も共にして下さいます。

ですから

そこでまた、完璧に喜べる神様を想う訳です
そこでこそ、完璧に怒る神様を想う訳です
そこからまた、完璧に哀しめる神様を想う訳です
そこに触れ、完璧に楽しめる神様を想う訳です

完璧に怒るは命を伴いますので、完璧に怒ってくれましたらそれは嬉しくないですか?命の伴わない怒りがどうでもいい訳です。

といいましても、人間が喜怒哀楽を一度に感じ取れる存在だったとしたらそれこそ発狂してしまうでしょうから、元々分けて感じれる様に人間は創られているとも私は考えています。常に怒りが楽しみ等、なにかの拍子で癒着してしまうと狂人が出来るメカニズムに成り得るかもしれませんから。組み合わせが時に別れている事はとても大切です。

しかしながら、それぞれに一つに集中したら、僕は神様と同じ完璧で完全な喜怒哀楽を感じれるとも想っています。その時には神様が共にしてくれているからという理由が在るからです。完璧で無い人間が一人で完全を感じる事は無理なんだと思います。

ですので、偽善者という言葉は在ってもいいのですが、罪の無い神様が共にしている時の感情は完璧で完全ですので罪の無い神様を罪人が拒んでから態々、評価する偽善者という言葉は的確じゃないのです。そもそも、この言葉自体が不完全ですから気にしなくていいです。😊神様が共にしている人が人を偽善者とかはいいませんし、言えないのです。

人は
完璧で完全な 喜びを感じれて
完璧で完全な 怒りを感じれて
完璧で完全な 哀しみを感じれて
完璧で完全な 楽しみを感じれる

その様に私は思います。でもそれは、完璧で完全な方が傍に居てくれないと感じれないとも思っています。
ちょうど、七輪でサンマを焼くけど、団扇でパタパタしないと、扉の隙間から匂いは入って来れない様な。
匂いと団扇はセットなんだと思います。

(@^^)/ それでは。また!!今日もお付き合いくださってありがとう御座いました。

奇跡の連続で生まれたけどその軌跡は愛の意志で出来ている皆様へ。
完璧で完全な人になれるよ

この記事を書いた人

【鈴木 大輔・広子】

【鈴木 大輔・広子】

皆様こんにちは。ご訪問ありがとう御座います。
【屋根工房きのした】親方の鈴木大輔です。

このホームページの記事は2011年から全て私達現場の職人達で綴って参りました。殆ど何も情報が無い時代から、皆様から頂く御信頼と共に沢山の実例と気付きに支えられ様々な雨漏りを【必ず直す】という個人的な意志を全うさせて頂きました。ご迷惑をお掛けした事もございましたが本当にありがとう御座いました。

このHPではビル・工場・一般家屋を含めました雨漏りの事例や対処方法を86記事、技術考察記事を45記事程明記しておりますので御入用でしたら是非お役立てください。その中にはDIYで直せる雨漏りも混在していますが御自分でなさる際には安全には充分にお気を付け下さいませ。

引き続きまして今後共、何卒よろしくお願い申し上げます。
【全ては神様と皆様のおかげです】since 1999.10.3