遠慮無く、私事でいきなよ。

遠慮無く、私事でいきなよ。

という事で。

絶対的世界観と相対的価値観を感じています今日この頃
みなさま。いつもきてくださってありがとうございます。
ごきげん如何でしょうか?。イソイソ五十路の磯次郎です。キュン・キュン・ズキューン!!

さて、僕には沢山出来なかった事が在り過ぎて、時にそれが苦痛を感じて息が苦しく成る事が御座います。
常用心こそ人にあるそれぞれの蕾や桜で、時に真逆の人でも其処に在れば違和感もなく。違和感はイワクつきの怖い物件ってマジで怖いですよね。桜と蕾にでさえ違和感を憶えちゃうよね。

そんな春なのでそんな感じで書いてます。ドストレートに書いちゃいますと咲いてるだけが桜じゃねぇよ。すなわち新人のういうい。いやいやそんな事じゃあなかったそうではなくて、新人とか新陳代謝のお話じゃなくて

私個人の手に取る過日は福音を伝える言葉と行動を伴う毎日を過ごそうと懸命でしたが、果たしてそう、それは、その人の体が存在しなくなればもうどうしようもないというもどかしく動かし難い事実で御座います。

本日はこれを書きたいです。たぶん。

最初のこれは相対的価値観ですから願望と期待と希望が3:3:3。残りの1が御本人の意志という分布を見せていますので、分解してみるとさほど美しい形でないことは解ります。

解っても裁いちゃだめだよ。と。でも裁いちゃうよね。そんな時は祈ればいいと思います。この世界は人間だけの世界な訳じゃないから。といっても、もうね。なんだろ。

それはハズレくじを引かされた駄菓子屋のばばば。なにか笑ってやがるで良いとしまして

実はこの比率こそも人に在りて全くちがいますし、ともすれば共にあるなにかしらでも変化しております。だから一概の律法で間に合わない時が多すぎるのであります。

ばばばが離れなくなってきました。

ここから本題や!がんばるよ!!
欲しい人は強奪してでも持って返ってください。

世の思考は相対的価値観だけではなくて絶対的世界観が働く恵みも確かに御座います。聖書では生きている間に福音が届かなかった子どもや信じれなかった人にも死後(ハデス)に行っても今度は直接にキリストが福音を伝えてくれる恵みが残されているからです。万人に在る恵みは死後も最後まで可能性があるのです。

万人に在る恵み。すなわち幼くして命を落とした子らに、落とされた子らに(虐待死)、殺害されたとしてもその方の選択を犯さなかった方々に、永久に、福音が届き天に上げられその涙はもう落ちる事が無い。これが聖書の福音を僕が強く信じている切っ掛けでもあります。

キリストが十字架で語られた言葉は全て成就します。そこでは(完了)したと語られました。救いが完了した。これは絶対的世界観でありますから相対的価値観。すなわち自己努力は関係ありません。

また、絶対が無いのなら愛も存在しません。愛は相対の中に働きません。相対の中に働くのならそれは愛ではないです。しかし、愛は確かに存在しています。

さて、絶対的世界観の中に在る意志は救われていますから相対的価値観に振り回される事はありません。
また、犯す事もありません。愛が何故愛情に振り回されるのですか。

また、貴方が救われようと救われまいとそこには絶対に触れれません。これは冷たくお伝えしているのではなくて、選択肢で在り続けれない人間が人間を救えないからであり、人間にその資格が無いからです。

救いもまた絶対的世界観の中でしか働けないからであります。貴方には救いで私には救いでない。これはそもそも救いではなくて助け手で御座います。丁度地獄と黄泉を混同して解釈する事と似ています。

もしくはずっと誰かなにかの選択肢で在り続ける事が価値ならその価値は何れ疲弊します。あなたはあなたでなくなってしまう。あなたは選択肢ではなくてあなたです。わたしも同じです。

先ずあなたを愛し選んだのは人ではなく神です。最初は神なのです。あなたを愛し創造されたのは神です。
もしそうでないなら、貴方が認める人格しか人格ではなくなります。本当にそうでしょうか。貴方が忌み嫌う方も人格ではないでしょうか。

あなたを私を忌み嫌う方が居ても私も貴方も人格であります。ただ、嫌ってもいいから攻撃はきついよねというお話です。あなたは神に在って初めて神の選択肢であり、これは絶対的世界観から視れば普遍の出来事で御座います。何故ならあなたはあなた以外に比べるべき存在が無いからで、だから神の一人子は貴方を救うべく十字架に付いたからです。

これがなければ唯の概念です。行動無き教えでもあります。

人間はずっと選択肢で在り続ける事は無理でしんどい。もう。嫌。選択しないでと成るのですが、神はずっと選択肢で在る事が出来ます。だから神なのです。

その神はあなたにどんな理念があろうとなかろうと、立派だろうが詐欺師だろうが関係なく一番立派なステージに上げてくれました。(もちろん望めばだけど)ウダウダそれは万人の民意にそわしてみればとかは在りますでしょうけど。それは、貴方が死にそうで助けに来た救急車と救急隊員に時間と人と経費が幾ら掛かったと聴くくらい貴方は飢えているということであります。

しかし相対的価値観は貴方の変わりは幾らでも居ると公言しながら、貴方を貴いとまた公言しています。だから相対的なのです。また、相対的価値観から選ばれたあなたはあなたを選んでいるのではなく相対的価値観から視た貴方を選んでいるのです。

これと似たように悪魔でも、なるほど悪魔は神を知っている。だけど悪魔は神を信じているわけではないことと同じです。知る事と信じることはまるで違うのです。まるで違う。悪魔は神を信じていない。神を絶対的世界観と認めれないからです。これは何故でしょうか?。

認めないのではなくて、悪魔が捻じ込んだ罪故に認めれないのです。良い悪いだけが罪では無くて神を神として認めれないのが罪なのです。

これが自覚が在ろうと無かろうと悪魔の策略その物なのです。貴方をどれだけ神が愛したかを悟らせない様にする為に全力を尽くす。休む事無く全力を尽くすのです。

ですので。ね。同じように
悪魔が24時間やるのなら、僕も同じようにやりますよ。

貴方が嬉しかった思考は貴方だけで、貴方単独で働いた訳で無いでしょう?
同じように、貴方が信じれないのは貴方だけの働きではないのですから。

(@^^)/~~~ココは絶対引かない。曖昧にしない。頑張ります!。

という訳で、春前ですので
キャンディーズを聴いていました。年下の方の価値観をもろともしていない所が素敵です。
\(^o^)/

この記事を書いた人

【鈴木 大輔・広子】

【鈴木 大輔・広子】

皆様こんにちは。ご訪問ありがとう御座います。
【屋根工房きのした】親方の鈴木大輔です。

このホームページの記事は2011年から全て私達現場の職人達で綴って参りました。殆ど何も情報が無い時代から、皆様から頂く御信頼と共に沢山の実例と気付きに支えられ様々な雨漏りを【必ず直す】という個人的な意志を全うさせて頂きました。ご迷惑をお掛けした事もございましたが本当にありがとう御座いました。

このHPではビル・工場・一般家屋を含めました雨漏りの事例や対処方法を86記事、技術考察記事を45記事程明記しておりますので御入用でしたら是非お役立てください。その中にはDIYで直せる雨漏りも混在していますが御自分でなさる際には安全には充分にお気を付け下さいませ。

引き続きまして今後共、何卒よろしくお願い申し上げます。
【全ては神様と皆様のおかげです】since 1999.10.3