部屋の視方・映画(ノア約束の船)から

部屋の視方・映画(ノア約束の船)から

部屋の視方・映画(ノア約束の船)から

みなさまこんにちは。
今日は映画(ノア約束の船)を鑑賞させて頂いた後の私なりの気付きなどを書かせて頂こうと思います。
この映画を通して感じた事は寛容への導べといいますか、同じ価値観を持つ者同士でも視えている世界が違いますからそれが解るともっと優しくなれるという実践的思考の具現化でどうたらこうたらで御座います。w

さて、登場人物のノアの息子達の見えている世界を具現化します。(部屋を価値観。人の形を自我とします。)

部屋の中に居るのは居るが壁一面しか視えていないハムとカインの子孫
部屋の中に居るのはいるが4面しか視えないセムとヤぺテ

子供達はこの視点がまず一つで自分の(自我の内側)からしか視えていませんから欲と罪に捕らわれている自我が見えていません

また
部屋の中に居る自分と壁の全ては視えているが常に自我が正面しか向かないので罪の染みが背中に在る事を否定するノアの妻

この視点は部屋の構造と自我を客観視できるものの、映画の最後まで自分達は正しいと主張しておりました。

最後にノア
部屋の中の壁もそこに居る自分も視えていて365度見渡せますから自分の背中に有る罪の染みも視える

ですから、ノアは自分達は神を裏切ったのだから滅ぶべきだと主張していました。

(それぞれに間違っていないのです。)

(ただ視え方がそれぞれに違うのです。)

そもそも、間違っていると思っているものを主張する人は先ず居ません。皆、正しいと思い主張しているのですね。ですから罪も無ければ救いも要らない私達が神だと主張するカインの子孫や
ノアの妻は最後まで私達が愛で正しいとその主張を止めませんでしたし、
息子たちは生まれた子を護る為に懸命でありました。

ただ、何故ノアだけに自我と壁と365°の視界が与えられたのか考えますと、神が人を罪から救う為の信仰による働きだと垣間見れるのです。もともとはこれもノア自身から出た物ではありません。

ですから

(それぞれの人に優劣などない)
(優劣をつけるは真理でも何でもなく罪です)

だけれども、この映画の様に一番視れる範囲が広くされている人の苦悩はやはり激しいのです。ノアは愛する家族に私達は滅ぶべきだと伝えなければなりませんでした。この発言は罪が視えていない人から視ればノアは狂人その物の言動に価するのではありますが、神の視点を与えられたノアからすれば苦悩の中にあっての選択でもあったのです。何故なら未だこの時代に救いが無いからです。ほんとに苦しかっただろうなぁ・・と馳せてしまう。

そうしてノアは生まれた孫を殺めようとしましたが。。。
最後は殺められず、孫の顔に口づけをしてその場に崩れ落ちました。
これを視ていた神は、虹を掛けノア達家族を祝福の源へと導いて行き映画は終わります。

(聖書通りではありませんが、創作として視ておりました)

※(ノアに出来なかった事をその後、神ご自身が御自分の一人子を用いて行います。何の間違いを犯さなかった方が間違いを犯しても自分達は悪くないと言い張る人間の為に御自分の子供を屠ります。それは人を滅ぼさないで活かす為でもありました。これこそが無償の愛でアガペーの愛といいます。

人間にこれを行う事は出来ませんから多くの命が救われます。日の目を見る事が出来なかった命も謝って誰かを殺めてしまった罪悪感も振り返って取返しのつかない事で悶える魂も、神がされた救いの枠、この大きな愛の枠から漏れる事はありません。

もし人間が無償の愛を履行出来るとするのなら、人を殺し犯す物の為に一生尽くす事を善しとしなければなりませんし、加えて自分の最愛の子をその罪人に捧げなければならないからです。(圧倒的にあなたが正しくてもです)出来るのならなさればいいと思いますがそんな事は誰にも出来ません。

どっちが鬼かわからない

もうどっちが鬼かわからない

ただ、それを行う程、神は人に死なないで。。。生きて。。。と愛されているのであります。神様にも人と同じ激情や感情がるのにもかかわらず。この感情に僕の感情は呼応してい居るのでございます。神に愛されているのなら死は怖くない。だが人にどれだけ愛されても僕は死が怖いのです。)

私は部屋の外にでて部屋の中の自我と自分の罪を見た時の視点はこの通りではありますが、ただ、他にも今回の映画の様に沢山の視点がある事も先の通り充分理解できます。

(それぞれの人に優劣などない)
(優劣をつけるは真理でも何でもなく罪です)
(それぞれに間違っていないのです。)
(ただ視え方がそれぞれに違うのです。)

自分は何処を視ているのか、この人は何処を視ているのか
善悪を働かす前の段階でやれる事は未だあるのではないかと。。その様に馳せる事も愛の性質の一つであると思っていました。愛は寛容であり親切だから一歩でも近づきます。きっと僕は赦して頂ける。

(@^^)/~~~それでは今日も読んでくださいましてありがとう御座いました。
また、宜しくお願い致します。m(__)m

この記事を書いた人

【鈴木 大輔・広子】

【鈴木 大輔・広子】

皆様こんにちは。ご訪問ありがとう御座います。
【屋根工房きのした】親方の鈴木大輔です。

このホームページの記事は2011年から全て私達現場の職人達で綴って参りました。殆ど何も情報が無い時代から、皆様から頂く御信頼と共に沢山の実例と気付きに支えられ様々な雨漏りを【必ず直す】という個人的な意志を全うさせて頂きました。ご迷惑をお掛けした事もございましたが本当にありがとう御座いました。

このHPではビル・工場・一般家屋を含めました雨漏りの事例や対処方法を86記事、技術考察記事を45記事程明記しておりますので御入用でしたら是非お役立てください。その中にはDIYで直せる雨漏りも混在していますが御自分でなさる際には安全には充分にお気を付け下さいませ。

引き続きまして今後共、何卒よろしくお願い申し上げます。
【全ては神様と皆様のおかげです】since 1999.10.3

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