2015年09月05日

屋根修理おじさんの成り立ち

屋根工房きのした責任者 鈴木大輔のご紹介となる記事となります。

このホームページを作り出した時期は2011年の6月位だったと思います。
それまでは新築業者の孫請けをしたり、日当にて応援工事に行ったりしてその日の糧を頂くという生業で御座いました。

現実的に搾取され続ける中、ここには喜びも無くて、不安と焦燥しかなくて、とても未来が明るい。その様な心持ちに至る事は出来ませんでした。本当に。

また、そこに到るまでにも実兄が腎不全を患い、兄夫妻はまだ幼き子を育てる段階での口惜しさや苛立ち、どうする事も出来ない焦りが私に伝わり、私は腎臓の一つを兄に渡しました。もちろんまだ私にもお腹の中の次女やまだ一歳の長女を抱える妻も居りましたので葛藤が無かったと言えばウソになりますが、辛く長い道のりが長きに渡り私を覆っていましたので此処でもう終わってもいいかな。自分の本質を全う出来たらいいかな。その様な想いも無かったといえばこれもウソになるでしょう。管だらけの兄と私。しかしその管が互いの命を繋いでくれました。

誰に誉ある事無き試練

程なくして父が他界します。私との交わりの中で貧困を招く生活を改めてくれて都度私が学んで来た教えや教義をかみ砕いて共有しておりました父が、医療誤診にて命を落とす事になります。
壊死性筋膜炎。今でもこの言葉を聞くと哀しみが捲りあがってまいりますが、壮絶な日常生活に於いて、医療誤診とはいえ父が亡くなってしまえば楽になる。いや、まて、父はもう楽になるべきだなどと、親不孝の極みに到る心情も私は持ち得た事があります。

しかしながら、持ち得た心情よりも失った喪失感の方がやはり強く、ここで私の人生の転機が起こり出します。もし、父が医療誤診にて命落とさなければ今の私は絶対に在りえなかったと確信しております。

父居てこその私。同時には奪われまい

父が他界した後に3.11の震災が起こりました。それまで低賃金で営んで参りましたから、ここぞとばかりに単身関東に向かいました。本当にたった一人で向かいました。当時は人を助けるというよりも現状の家庭状況の打破が一番の目的となりますから、高速道路をひた走る中で浮かび上がった想いは2つ。もし関東の地にあって生活の改善が出来なければホームページをやろう。もう一つはもう屋根屋を辞めよう・・。この二つの想いが揺れ動いておりました。

そうして小田原を過ぎた時に目の前に黒い大きなとばりが降りて来る感覚を受けます。私は28歳に洗礼を頂いた信仰者でもありますので、このとばりは神がこれ以上行くな。行かなくて良い。その様な啓示であると信じ。急遽引き返す事になります。それ程までに体験した事の無い事象で前が全く見えないという不思議な現象でも御座いました。道中のSAから家内に電話すると家内は事情を察してくれまして、ふがいなさと相まってか、同時に慟哭を漏らす帰路となります。これが私が信仰を下さった神に拘る最も大きな出来事でもありました。

涙の谷を過ぎる時も
帰路にあり、歌い続けたこの賛美歌は一生涯忘れません

ここからいよいよ誤診あるまじき。この想いを強く持ちホームページの作成に乗り出します。遅くまで付き合ってくれた従妹には何時も感謝しておりますし、事例を頂く度に熟考の機会を下さった施主様にも感謝の念は絶えません。その様な中で私の方向性を決める事になる作品とホームページ作成の少し前に出会う事となります。仁というドラマですね。普段TVに全く興味の無い私がこのドラマの虜に成ってしまいました。それは何故か?

神は乗り越えられない試練は与えない
(神は愛だからです)

この聖句(聖書)を用いたドラマだったからで御座います。また家屋の不備を直す者と人の病を治す者と、難度の違いあれどその志にいくばくかの違い無し。私の方向性が確立した瞬間でも御座います。この私念を持って実行に移して行く事となりました。

今また起とう

それから約9年の歳月が流れ、沢山の恵を頂きながらも闇を知る方、また捕まる方の助け手となるべく様々な言葉を頂き、また起こしてきました。ですが今想う事は、心の満ち足りる瞬間も魂揺れ動く瞬間も永続的ではないという闇の強さを改めて知る事にも繋がって参りました。

だが起つ

前を向く前に、壁を超える前に、私が出来る事は何だろうと自問致します。やはり私は取り戻す事をやろう。与えるでもなく教えるでも無い。私は元々ある物を取り戻す役割を果たそうと想っています。それには愛(闇に対抗するにはこれしか無い)心にも魂にも自分の意志を奪わせない愛の内に在ってを自分を働かそうと改めている次第で御座います。故、愛に委ねます。

(愛と活きる)

これが私がここに居る真意でも御座います。失いかけた物。失った物は必ず取り戻します。取り戻させて下さい。元々それは貴方様の(命)だったのですから。

その様に在る事を祈り
私の生業を通じて
誉れ無き栄光を必ず神と人にお返し致します。

屋根工房きのした 鈴木大輔