2021年01月20日

心優しくも、優しさに疲れた方へ

心優しくも、優しさに疲れた方へ
心優しくも、優しさに疲れた方へ

以前に(中村 哲)さんのドキュメンタリーを拝見していて痛くも遺る言葉を頂く事になりました。その言葉を皆様にご紹介したく記します。

(理念はいいから治せ)

少々荒っぽいのですがこの言葉に至るまでの(中村 哲)さんの歩みに馳せておる次第でありました。事実に私も自分で掲げた理念が邪魔な時があったからであります。

理念とは無意識に対象を精査するからであろうと、ある程度の内面での解は持っていまして、理念を旗印と置くのなら、旗印は廻りの目印にはなるにせよ廻りの地が肥えるのが理念の目的なのですから、居心地良き旗印の近辺だけをウロウロとするだけでは何の理念でしょうか?と自問する訳であります。拡がりを求めるのなら痛みもやはり付いて来るのだと思っています。

ですから理念とは崇高であるが故に時に狭いのです。もし、それだけで終わらせない意志があるのなら、やはり愛が理念の助け手として働いていただかないと理念単独では弱いとつくづく思うのであります。

(愛が理念を癒します)

心優しくも、優しさに疲れた方へ

理念と愛が共闘して下さいます様に自身に願いつつ、心優しくもその優しさに疲れてしまった方へと題しましたがここで、何かをお伝えし切る事は出来ないかもしれません。何故なら自分自身もこの領域は未完成であり未熟である事を自覚しているからです。しかしながら確かにこの方法は間違っていないとも私の感覚や霊性がその様に伝えて来て下さいます。

今回もこちらの動画からの気付きとなります。
有り難い事で御座います。本当に素敵な時代で御座います。

愛する順番を考えてみませんか

動画でもお伝えしておられる様に愛に大切な事は順番です。間違いなく愛する順番を間違えてはダメですと私も言い切ります。体の傷に触れる前にそれを庇う上着をお渡しする方が確かな時もあるからです。

先ず第一とされることば
『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
私は心から愛している方の命の灯を消すまいと、ならいて3度奮闘した経緯がありまして、その都度感じる事は私の人間的な愛を全うしようとするのなら私の愛だけでは未だ足りないという事を悟る事でありました。

何故なら人の飢え乾きは私の人間的な愛で充分に満ち足りる程、そんな少し足りないだけの飢え乾きじゃないからなんです。

ですから自分自身も先ずは神様が『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、愛してくれた』この感覚を持っていないと自分の愛の足りなさに打ち負けて誰かを(愛し切る事)は難しいと悟るのです。
それは時に長引き、もう人を愛する事を諦めてしまうかもしれませんし。状態は以前より悪化してしまうかもしれません。

ですが選択肢を生む為に(足りない事)と(諦める事)は全く違うのではないでしょうか?と自分にも投げ掛ける事も出来ます。

結論からいいますと最初から【人の愛は足りなくてもいいんです。それが自他含めた人の愛です。】そう捉えれましたら魂の上に自由の感覚が戻って来てくれます。足りない不足分は神様が必ず補って下さいますから。

そこからたとえ足りなくても(自分の様に隣人を愛しなさい。)この戒めに再度向かう事が出来ると私は信じています。以前より少しだけ自分の愛が成長している事にも気付く嬉しい時間にもなり得ると思います。

心優しくも、優しさに疲れた方へ

優しさからくる疲れは本当に共感出来ます。

ですから尚の事、どこが疲れているかを観て頂きたいとも思っています。ひょっとしますと、心が疲れているのではなくて、魂の行き場が無くなっているだけかもしれないからです。

(@^^)/~~~それでは、本日もありがとう御座いました。願わくば後、先、思わずそれぞれに在ります隣人と共に参りましょう。機会はいっぱいございますから。