2020年10月17日

救世のあるじ

救世のあるじとは
上り行く日の如く眼光鋭く
沈み行く日の様に瞼に優しい
その広さは絶え間がなく
両面を常、備えられた方であります
それは多くの方を放たれる火矢から
今でもその翼で覆うが為でもあります

鬼教官
鬼教官

我が家にも主が送られた鬼教官がおられます。
眼光などは鬼教官そのものであります。
実に多くの方がこの鬼教官の元で憩っております。

この様に

主に習う事はあくまで手段でありまして
主を証する事こそ私の目的であります。

ですから私は自由に憩えています。
頂きました信仰によりこの順が返されないからでもあります。
誠に有り難き事はこれにより
自分が自分を証しようとしないからであります。

とて、人でありますから
絶えずお守りくださる様にと祈らざる得ません。
これなくばまた油断に負けますは必定
なぜなら彼らは私と同様に
絶対に諦めないからでもあります。

厳しさ優しさの中心に貴方が何時も共にして下さいます様に。