2020年10月13日

被害者も加害者も死なないで(裁きと告発の違い)

僕は被害者からの意識や立ち直りの感性が強くて、加害者の意識や立ち直りの感性に凄く乏しいのだと認識しましたので子供の頃のお話ですが、とても重要だったと気付きましたので書き遺しておこうと思いました。

これを書く事によっての願いはやはり、自死は避けて欲しいとの想い、何故なら自死とは名ばかりでその本質は他殺だと僕は思っているからです。

被害者意識からの文章はこんな感じで以前に書きました。

人間の痛みはまるでホルマリン漬けした自分の死体が急に何かの拍子に浮いて来て、どうして死んだの?と。死んだ自分の顔をみていましたら、とても悲しい顔をしているねと・・。視れる余裕が少しだけあって、ほんの少し、そっと冷たい自分の顔に手を触れる様な事に似ているなぁと思い。顔が冷たいのはまだ貴方の手が暖かいからだと思い。この霊安室にはそれこそ余程の事が無い限り自分以外の人間は入れないよねと。死んだ自分と今生きている自分の2人きりが一番いいに決まってるよねと思う事を娘に話しました。死んでもいいから生きろ。生きないと死が報われないと。

だけどこれだけでは足りないと思い綴ります。

今から御説明致します。

僕は子供の頃、力関係で勝っている方の優位性を崩そうと懸命に抗った記憶があります。その方が僕に付けた傷。この場の傷は精神的な物ではなくて、肉体的に付いた傷の事です。これを題材にして執拗に攻撃しました。口撃ですよね。でもこれによって抑圧された日常の改善を狙ったのです。自分の事しか考えられない罪人の典型であります。

この傷はもう一生消えないのだと、あなたが犯した間違いはもう絶対に消えない。呟けば呟くほど、加害者の方の様相が変わっていき、仕舞いには涙顔を浮かべるまでに追い込む事となります。

僕は仰天しました。何故あなたが泣くのか?。泣くのはこっちではないか?と。。

しかしながら、加害者の方の真意はそうではないのです。やってしまった過ちを赦してほしい。もう充分に傷んでいたのです。ホントにゴメンね。(´;ω;`)

僕は信仰者ですから、許されない事の辛さや苦しみは本当に理解しているのですがここでは当然そんな信仰は働きません。

自分の罪が許された喜びを携えて歩んで来てはいても、人が罪許される事にはまるで意識が向かっていない。本当に私は方翼だったのです。ここでもそうです。あ~。うん。血がたりてねぇ。。本当にそう思います。

静動脈在りて、加害者の方も被害者の方も両方助からねばならないのです。

ですから、未だほんの一部かもしれません。もし自死の理由が子供の頃の僕が犯した失敗の様に過ちを責められて、何度謝っても許してもらえず、自死の理由がもしも、もしも貴方の優しさから来るものだとしたら、優しさ故の人への絶望だとするのでしたら、

どうか、覚えていて欲しい事があります。

この世には

加害者と被害者はいても、それを裁く方は神以外には居ないという事と、裁きたくなくても自動的に告発してしまう罪の本性を。

人を裁く存在は貴方や私の存在を誰よりも何よりも愛している存在でなければ裁けません。貴方や私を想い、御自分の子を差し出す程に愛している方で無ければ正しく裁けません。裁きとは貴方や私の未来に繋がらなければなんの意味があるのでしょうか。それ以外は裁きではなくて告発者です。告発者とはサタンの事です。裁きと告発はまるで違います。m(__)m

先程の僕の嘆きの様に血が足りてない方は裁き司には向きません。ですから僕は裁き司には一万パーセント成れないのです。もちろん人間は誰であっても無理ですが、告発者の手助けは明日からだって今からだって成れますでしょう。

どうか、よろしければ覚えていてほしいのです。

僕や貴方は赦されて生まれてきています。人には受け入れられなかったキリストの十字架が全て証しています。現在過去未来問わずに、人はどんな過ちも赦されています。どんな過ちもです。

ですから、死を受け入れる前に、人には告発止まりで無理だったとしましても、
皆、神様には、赦されて生まれて来た、愛されて生まれて来た事実を
もしよければ手に取って頂きたいと想っています。
もしよろしければ、傷んでしまったご自身に
贈ってあげて欲しいと願っております。

この世界は貴方を訴える存在ばかりでない事をどうか信じて下さい😊。

被害者の方も加害者の方も死なないで
被害者の方も加害者の方も死なないで