2020年10月11日

(無意識に懸命)

お元気でしょうか。😊私は日曜日でしたが雨漏りの調査に行ってました。
2件の御依頼に御対応していましたけど、軽症で良かったよぉ~。ちょっとホッとしてました。
詳しくはよろしければ動画を見てくださいませ。

さて、そんな本日、ひろ子さんは吹田市やねと伝えさせて頂きました。
それを聞いたひろ子さんはこんな感じでありました。

( ゚д゚)・・。いみふ・・・。またですか?(笑)

たとえイミフでありましてもひろ子さんとは27年位共にしてますけど、やっぱりこの言葉がしっくりと贈れます。彼女は充分な学びがありません。知識も拘りませんし。知恵もある意味放棄しています。言い過ぎかもしれませんが私には許される触れ方ですからその様に触れさせて頂きます。

そうそう触れるとなりますと急ですが

触れても無いのに語ると誤解を招きますよね。それと何でも触れれるのも大きな間違いです。だから僕は温もりの無い教えや学問は基本的には嫌いなのです。でも想像は大好き。

ですので
手袋すんな!!素手で触れろや!!と何時も叫んでいるのです。
手で触れたらマウント取る前にそれどころじゃなくなるんですからと。

傷だってそうで血のヌメリや骨の損傷、壊死を起こしてる患部、それを観られたくなくて隠している右手。もちろん右手が隠しに用いられているのですからぎこちない仕草や動作や距離感だって図られ、食事にだって影響する、ぎこちない人付き合いにだってなるのです。責める前にここは懸命に在りたく存じます・・。だって関わりを持ってくれる方は無意識にでも懸命だからです。世に在っては何時もそうじゃないですかっ!と感じています。

(無意識に懸命)

言い換えれば、結果からの学問ではなくて前提から触れていないと結果の選択肢が激減するということであります。

学びはこうだから貴方はこうなんてたとえそれがあっていてもどうでもいい。あってても救われないし助けられないからです。

むしろ前提から触って下さい、触らせて下さい。が人の生業には温度が生まれるのではないので(しょうか)。生姜は湯にして温かい。

そんで急に話が戻ってすみません。
だけどひろ子さんの最も素晴らしい所は!!!!
建てないのです。

何をでしょうか?

過の日、バべルの塔を建てようと人が神に挑んだ歴史が御座いますけど、彼女は一切の建て屋を行いません。兄ィもそうです。だから僕は恵まれたのです。m(__)m

では、建てないとはどういうことだと思いますでしょうか。
僕はこう感じています。在って在る物。すなわち、神様の足台に最も近い。
彼女と彼は神様にとても似ているという事であります。

これは伝わっても伝わらなくてもどちらでもよいのですが、もとより建てないという事は人を自分の足台の為に視ていないのです。あ、でも建った物はすごい~とか、ごっついでぇ~とか二人共言ってますが、おそらく見上げてはいない(笑)

建った事自体を喜んでいるのですね。この点はほんまに尊敬してます。m(__)m貴方方の前でどんだけ気張っても意味を成さないのはこれだろうと漸く落ちていくのでありました。

また彼女らは、建てる事によって空を覆わないのですね。空を圧倒的に覆う程建てない。すなわちやはり、バベルの塔は間違っていると僕は思います😊。

ちっこい塔はいいと思います。家でもなんでもいいと思います。
そこだと道具のやり取りもぶん投げて届きます。
声だってぶん投げて届くでしょう(笑)

アルプスの少女ハイジの象徴は土地だと僕は感じています。それと同じ感性が両者に働いておりました。ですから彼女は吹田市でいいと思うのでした。在ってあればいいのですと。

(@^^)/~~~それでは、また。
何時も読んでくださって嬉しく思っています。