2020年10月10日

フォース

お元気でしょうか😊雨で退屈しています。
台風に伴う長雨で作業は出来ませんが娘達とひろ子さんとでスターウォーズと言います映画を鑑賞したりその映画の中で出て来るフォースという力の概念を捉えようとしていました。

その前に余談ですけど、缶ビールが100円と書いている値札のビールを買いましたら支払い口で300円払ってと言われましたので、何故?と質問しましたら、100円の値札の下に300円と書いてある値札がありました。視えない様に貼られた値札に私は意見しようとして証拠を収めようと写真を撮ろうとしたら(何故そんな事をしているんだ僕w)憚られるという夢を見ました。頭の上に物凄い重たい影を感じて目を覚ましてこの文章を書いています。映画の影響かしら。(笑)

そうそう、フォースですね。これを考える言葉の土台として私が持っているのは聖書の言葉にあるからしだねの信仰です。からしだねの信仰とは、からしだねといいます小さな種の様な信仰でありましても、それが信仰なら山をも動かすという教えであります。

ここで大事なのは山を動かす事ではなくて、それが信仰かどうかなのだとおもっています。どっちを視るかでありますね。からしだねは植物です。山は植物の場所ですから植物の為なら山は動くということでしょうか。聖書にあるこの箇所は奇跡を証する事で無いのは確かです。なぜなら印を求める事をキリストは善しとされなかったからです。何故善しとしないのかはそれぞれのお考えで宜しいかと思います。

さて、映画の中では色々なものが動いていましたが、動いた物の本質を知っているから動いているのだと思いました。例えば岩の本質は忠実です。神に創られた時からその生業も質も変えません。また、鳥や獣も野の花も同じく忠実にそのあるがままを営んでいます。人間には罪がありますから忠実である事は至って困難を極める時が多々御座います。

その折に先ずはまた言葉に手伝って頂きますが、忠実と服従を混ぜて考えてはいけないのだと思っております。たとえば正義に忠実であっても正義に服従している訳ではないのですね。同じくして真理に忠実であっても真理に屈服している訳ではないのです。

(罪故に何かを信仰している人が受ける誤解はこの部分にもあると思います😊。)

植物と山の関係と同じくして忠実であるからこそ忠実な物は呼応してくれるという事なのかもしれないと思いました。これは映画の中の光でも闇でもどちらに忠実であるかでもありますね。実際の所の作者の意図は解りませんが。

でもいきなり忠実に在れなくていいのですよ
その為の十字架であります。
忠実である方もそうでない方も共に居れる場所が交差しているのです。


ですからこの場所は人が創ってはいけない神の宮
強盗の巣にしてしまったら帰って来る方の場所が無くなります。
その様に思っておりました😊。

なんとなく(おかえり)が似合う写真。(笑)

今日もお付き合いくださってありがとうございました。😊