2020年09月24日

泣き崩れる程の笑顔

泣き崩れる程の笑顔が見たい。
この様な言葉を頂いて描きました。
自分ではこの言葉が凄く良くて。良くて。
たぶんですけどね
今生で一度も交わりを持たなかった方でも
この笑顔を見た時に
僕はもう全てが報われる気がしてならないのです。
流し目で触れただけで
充分に溢れます。

泣き崩れる程の笑顔って
分解したくないけど分解しますと
努力や成果や能力によるものは報酬ですから
報酬って当然の様に支払われる代価ってことですので
泣き崩れる事は無いとおもうのです。
ですが
共に触れて掲げる事はできますよね。
随分と数多くその姿は拝見してきました。
とても清々しいと思いますが
それと同時に敗者も生まれる。

しかし
恵みの場合は違って
望んではいるけど、望み以上のものがやって来た時に
これを見た時に、触れた時に
垣根も高さも深さも全て崩れて
喜びで満たされる
どうしても僕は信じ貫いた方々の
泣き崩れる程の笑顔が見たい
そんな時がやってくると信じる希望を持っています。
持つといいますか希望を保てているのかな😊。

泣き崩れる程の笑顔を向けられているのは誰でしょうか
どうか
僕で在りませんように。。。
まぁ。それは大丈夫か(笑)

信仰者としてこれを垣間見ますと
私の肉親の方が共にその場所に立つ事はないかもしれないのです。
しかしながら自分で決めれる事への自由と
あの時からの葛藤はきっと報われると信じています。
自由であるという事、愛の必須条件である自由は
本当に楽じゃないんですよ。簡単じゃない。
ですから尚の事
似たものを背負われた方々の
泣き崩れる程の笑顔が見たいのですね。

ですから、本日は
事象違いでもこの様な事柄を負われている方へ
こちらの聖書の言葉をお伝えしたいと思います😊。

「目が見たことのないもの、耳が聞いたことがないもの、
そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、
神の備えてくださったものは、みなそうである。」
Iコリント2:9

神様は愛ですから
神を愛にして
解釈してもいいと思います😊。

(@^^)/~~~それでは。今日もお付き合いくださって ありがとうございました。