2020年08月01日

全て神と人のおかげとは

皆様こんにちは。😊
梅雨が明けてこれから本格的な暑さと爽快感の到来で御座いますね。

さて、本日は私の敬愛する言葉の一つ
全て神と人のおかげです
この言葉の真意を今ある自分の精一杯で綴ってみようと思います。

この言葉を感じていますので

ただ単に理屈を捏ねている訳ではありませんが
ずっと感じている訳ではないということももどかしい所で御座います。

この言葉は(塩狩峠)といいます映画に登場する
長野先生が使っておられた言葉で御座います。
キリスト者の方で実に霊的に満たされた御人で御座いました。

この先生が受けておられた恵みはこの言葉の通り

生きて行く中での主語が
暮らして行く中での主語が
全て神と人のおかげと仰られる通りに
自分では無いという事ですね。

では自分はどこに居るのかといいますと
神と人のおかげという言葉の中に溶け込んでいるという事で御座います。

もう少し簡単に御説明致しますと
価値判断をして感情に至る前に
この、まえにという3文字がとても大切です。
恵み先立つ3文字がとても大切で、これは信仰によって生まれます。

常に自分に与えられた内面の広さを見ているという事で御座います。(こんな表現が精一杯です💦)

また明日やね

ですから自分の内面のほんの一部、価値判断を使って感情に至る人に真の意味で向き合えるという事で御座いますし、価値判断しないほうがいいよとか、感情に捕らわれない方がいいよとか、そういう物の考え方ではいけませんとか、先ず自分が楽になろうとする、その様な事は一切言いません。💦

それらは確かに自分にもある一部なのですから。
ですが一部であるよね。とは、お伝え致します。
一部が全部であるかの様にいざなうのが悪魔のやり方で御座います。

それで
全て神と人のおかげが主語、自分に与えられた恵みが主語ではない場合、時に人は自分の努力や成果を視る時、自分でやり遂げたという自負心が強くなりすぎて廻りの手助けや広義での関連性が見えなくなる時が御座います。

悪魔はここにも懸命に働きますからある意味仕方がないとは言え、ここに居ますと善き悪き云々ではなくてやはり御本人や自分自身がしんどいのではないかと想い巡らすので御座います。思い巡らせないのなら嫌いや無関心を使えば良くて、とても簡単ですが、それでは今度は自分が恵まれているという事に気づく事が出来ませんし忘れてしまいます。これではまた悪魔の勝ちとなってしまいます。

その様な訳で

全て神と人のおかげです
この言葉は
より豊かで愛が先立った生業のかたちで御座いますね。

(@^^)/それでは。本日もありがとう。神様の恵みが私にも貴方にも溢れ増すように。