2020年04月16日

二つの狂信

叩く事が目的でもなく
叩かれる事が目的でもなくなった
奏でる音は助け合いでした。

最初はそりゃ叩いたし
最初はそれゃ叩かれたしで

お互い職人ですから
意地と頑固ですり減ったものです。

いつしかそうではなくて
奏でる事が楽しくなって
刺さないし、破らなくなるのが楽しみでした
そちらの方が互いに麗しいからです

お互いに狂信ではありましたけど
人格を支配したい小賢しさはなくて
守りたいものをも守れない
憤りの中にあっての狂信でした

そのような中にあり
どちらがバチで
どちらが皮なのか解らなくなっていきました

何時も難解に挑んでいましたが
解を見出す度に
生きた心地があり包まれておりました

私は元来喜びよりも哀しみに敏感な性分ですので
理性を超えて
あなたの垣根を超えてしまった事をお詫びしたい
もう。。っと
直ぐには追い払わなかった
あなたの懐に甘えた事をお詫びしたい。

今は、同じ理性を飛び超えるなら
あなたの垣根ではなくて
あなたが遺した物の先に行きます

あなたが今欲しい物は解っています。
憐憫などではなくて
共に戦った証を前に進める事です

2人で戦い造った駒はきっと前に進みます
死は死と認めた時に初めて死となるからです。
私は認めませんから
ご安心下さい。

死は神の栄光が明らかになる過程に過ぎない事を信じ
必ず護り貫きます。

笑う人、笑わない人ごと
希望の土台は隆起するから希望なのです
哀しみの深淵ごと隆起するから希望なのです

居場所は別れてしまいましたが
今ある場所で互いに懸命にまた励み
再会の時を普通に果たしましょう。
まるでそれが当たりまえの様に。

そうであるなら私が要らぬお節介などしなくていいのですから😊