2020年04月13日

呻きと声

コロナウィルスに感染して亡くなられた方が11万人を超えています。
最愛の方を失った呻きが在ります。

今昔問わず、もし、神が居るのなら助けてみろ!と仰る声を聞きます。
神が居るのなら果たしてこの様な声をお聞きになるのだろうかと考えます。

私の信仰にありましては
神様は声と呻きを同時に聞いておられても

神様は先ず呻きを先にお聞きになり
それから声をもお聞きになるのではないかと思います。

人の願望の声に対する応えは簡単です。
しかし、人の呻きには何を持ってして応える事ができますでしょうか?
その時、人は願う力すら失っているのです。

同じく呻いた方
御自分と同じく呻きの中にあっても
何より先に呻く人を愛された神様以外にこの世に在って適任が見出せません。

私事を例にとるならば
何十年の葛藤の中にあったとはいえ
おそまつでした。本当に恥じ入る程おそまつでしたが
私の最愛の父をウィルスによる感染症で過去失った時
私が回帰・回復に向かった恵みは私の呻きにあったと今に思えばそう静かに捉えれます。

喪失と呻きを持つ神様を弱まった信仰とはいえ信じていたからで御座います。
いや、その前に
喪失体験のある神様が傍らに居てくれたからで御座います。
それは今日でも私の支えである事に何も変わりはありません。

なにも喪失した事のない神様に人の呻きが解るはずがありません。
人が造り得る宗教的な教えなどこの時何の役にも立たない事を身をもって知っているからでもあります。

私は何も喪失した事のない見えない存在からの哀れみや慈悲や憐憫は受け取りません。
むしろ、それらの存在より増して、受け取れない程の呻きや喪失を体感したからで御座います。

今呻いておられる方に
十字架の神様、聖書の神様、今も活きて働いて下さる神様の恵みがいよいよ増して働いてくれます様に。。と祈らざる得ません。
皆々様にとっての最善が御業によって働きます様にと。

これからもその様に営んで参ります😊