2020年04月08日

緊急事態宣言

緊急事態宣言が出されたニュースを見ていました。
それよりももっと辛いニュースはやはり
私と同じ様な個人商店の方々が店舗を閉じたというニュースであります。

開業する時はどんな意気込みだったのでしょうか
御老輩や幼子を抱えての開業だったのでしょうか
開業祝いには賑やかな晩餐を催されたのでしょうか
いや、もっと
助けたい人が居て、どうしても助けたくて
理不尽に向かう為でしょうか
脱サラし一念発起して立ち向かった事業だったのでしょうかと

この様な心情に至るに
私も同じように何度も苦難があったからで御座います。
もちろん喪失も。
開業閉店の状態なんかざらで、アホみたいに安い仕事で食いつないで来た経緯があるからで御座います。

とはいえ
私の過去などどうでもいい事ではありますが、この様な訳で何故痛いのかは解る次第でもあります。

絶望の中で希望を見出す事が如何に困難かは想像に難くありません。
小首を少し上にあげる力すら残っていない事も承知しております。

ですので今は
先の希望を無理に視なくてもいいと思ってます。
今位は、今この時位は、昔は良かった。温かったと。浸って頼ってもいいと思います。
飽きるまでそこに浸かっていいと思います。
飽きた時こそが少し余白が生まれて、そこに何か、誰かが入って、また新たな力の芽生えに成る事を切に願う物で御座います。

経済圏という大海原では大小様々な船が行きかう事となりますが
沈んでいい船など一隻もなく
筏であっても小舟であっても豪華客船であっても
背負う物。積み荷が在る事。
大切に包装された物がる事を改めて学ばせて頂きました。

ここに至りこの店の舵を握る私としても
筏を守るか大海原を守るか
ともすれば視野教唆に捕らわれる目線に変更を余技無くされている所で御座います。

また、今日は
これとは別に
人の帰巣本能についての考察も頂きました。ありがたい日々でもあります。

本来人は
楽しんで、喜んで、愛し合う事を忘れない生き物でもあります。これに異を唱える程、野暮な事はありません。

私は特に
これらが満たされた歩みでなかったので否定的な視方しか出来なかったのですが、聖書の創世記では、人が創られて悪魔に誘惑される前のエデンの園に居る時の記憶がずっと受け継がれているからこそ、人はその時の感覚をずっと忘れないのだと触れさせて頂く事が出来ました。

本能にも理由があるのだと。
そうしますと、人の本能を完全に回復される方とその時をより一層待ち焦がれる事と相成ります。

とはいえ
今ある楽しみや喜びや愛し合いは不完全ではあります。
しかしながら、完全に回復する約束の元の営みは大いに私を勇気付けて頂ける事となりました。

憚らずともよい、私の内面にありましては、必ず回復されると約束された方の元への信仰が先立つのなら
楽しんで、喜んで、愛し合う事は大いに訓練されるべきだと握り締めておる次第でもあります。

皆が笑顔である事。
これを待ち望んでいるのは、焦がれているのは
私だけでは無く、人間だけではないからです。😊

今日もありがとう。
あらゆるお勤めお疲れ様でした。💑