2020年04月01日

三本の柱

本日は雨でしたが午前中に屋根の修理調査を2件させて頂きました。
有り難い事で御座います。
何も無い時には感謝が薄れ
災害時の火急の時にも限界を超えて感謝が薄れ

とにかく、自分だけで生きていると感謝が薄れてしまう本質を私は持って生まれているのだなぁ・・。と
ぼんやり胡坐などかきながら焚火に薪をくべて座っておる次第でもあります。
(内面の表現として)

数日前に夢を見ましたので書いてみます。
金と白金の混ざった3本の柱で一本は未だ2本より未成熟でありました。
その様な夢であります。

自分なりに自分の夢を紐解きますと金と白金はおそらく交わりだと思い。
3本の柱はやはり、信仰と希望と愛なのだと思います。

どれも私の内面には必要な3本の柱である事に変わりはないのですが
バランスが崩れる時もあるという事を示唆した夢なのだろうと自己解釈する次第でありました。

現在はコロナウィルスの猛威によって多くの方の希望が薄まっている状況であると思います。もちろん私だって同じで必死に希望の兆しを見出そうとするのですが中々思うようにいきません。

ただ、一つだけ確信している事は
私の父が細菌で命を失った時の喪失感。希望など一切視えなかったあの時の喪失感は愛と信仰が少しずつではありますが補ってくれていた事実が私には御座います。

希望が視えなくても
愛があります。

希望が視えなくても
信仰があります(これは愛を信じる心でもいいと思います)

人に備えられている3本の柱を全て同時に失う事になる事は無い。
私はそう信じています。

何がなんでも希望を引き込んでやると頑張る方がいるから
何がなんでも愛する事を止めないという方がいるから
何が何でも信じる心を失わないという方がいるから

結果は勝利すると信じていますので

今の過程にありましては3本の柱の強い所をより強めていこうと思っています。
希望が薄まっているのなら、人によりますけど、愛と信仰をより強める機会であるとも捉える事が出来ます。

(こういうわけで、
いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。
その中で一番すぐれているのは愛です。コリントI 13.13)

聖書によりますと
コロナウィルスや人を死に至らしめる
細菌が何時までも残るとは書いていませんから。😊