2020年03月24日

前を向く

私は今年50歳になり、そろそろベテランの域に入っていると思うのですがその辺は皆様の評価通りで良いとしまして

いまより随分と若い時は屋根工事の切り込み隊長を気取っていた事もありました。技術が無い分体力で先輩に貢献できたらいいなと願い。しんどい箇所には率先して突っ込んで行った思い出が御座います。

元来の性分で、それに誉を感じて自分の居場所を自分で作っていたのでしょうね。ですから同じ様に動く方のお気持ちを汲む事も適います。

さて、切り込み隊長と言えば戦ですね。
世の戦とは王は後部に居て獲られないようにするのが定石ではありますが

私の信ずる王は自ら切り込み隊長となり、続く国民の命を願って道を創って下さいました。
当時の先輩方も一度はおののく物の、この王に続き、ある人は牢獄へと、またある人は逆さ十字へと、恐れる事なく証して行きました。

私は安全が確保された状態での切り込み隊長気取りですから、この様な真の兵士にはとても及び付きません。

轟音に逃げて、躓き、鼻水を垂らしては、耳を抑え。

逃げて、逃げて、逃げたその私の道先を守る様に
先輩方が弾除けにも成ってくれました。

逃げた先のあなたが撃たれないように、あなたがもっと逃げてもいいようにと
決して前に行かなくていい。大丈夫だと。
寄り添いつつ、果てて行きます。

横たわるそのお姿のお顔には
死の形相の欠片など無く、ふがいなさの眼も浮かばせず
穏やかに笑って最期を迎えられています。
穏やかな笑顔で私を見つめて瞼を閉じようとされています。

さて、ここで
前を向くとはどういう事でしょうか?と自分に問います。
世に在る所の成功でしょうか、
先の我の様に居場所の安住を頂く誉でしょうか?と自分に問います。
また、何故先輩はこれに在らず
そうまでして引かなかったのでしょうかと
頭から離れません。

自分が向かう道とはどっちでしょうか
一本で済むのでしょうか
多くの方が歩んでこそ道と名が付くのではないのでしょうか
多くの方が踏むからそれが道なのではないでしょうか
誰にも踏まれない道が果たして道なのでしょうか
凹凸は鳥が憩い、ぬかるみは暫しの休息をも作ります。
などと
くどく、くどく

何度も自分に問います。

この問いに対する答えは、出さなくて良く握り締めておけば良いとも思います。
先ずは握ろうと。
ここに至り、あなたの道は・・。などと小石を唇の裏に当てなくてもいい。
それは随分と道草にもなり得ますから。

また、この道に、ほんのかすり傷を付けようとする言葉
小石を投げて傷が付くような言葉に
興味を持てという方が無理があります。

言い換えれば
傷を飲めない様な道にどれだけの痛みが通れるのだろうかなどと
偉そうに思う次第でもあります。

大丈夫。前に行こう。
石は出来得る限り前に投げよう。
きっとその手は
耳を塞ぐだけじゃなくて、
鼻水を拭く為だけにあるのではないと思います。

それでも真冬の淀川沿いの屋根でしたら鼻水はOK
こちらは物理的に無理ですので。😊

今日もありがとう。お疲れ様でした。💑