2020年03月21日

小さき器の誉れ

本日は業務終了後に皆で交わりの機会を頂きました。

中々本音を聴けない事もありますし。無理にこじ開ける事も無いのですけどこの様な機会を開く事にこそ、これからの我々の糸を結ぶ織り場の様な物でも御座います。

一人の友は
この様な言葉を教えてくれました。

人生ははっはと笑う比率は64しくしくする比率は36
併せてひゃくなのだと・・。
善き言葉です。

数字遊びは僕も大好きですので
はっはは発破とも呼べ、笑いはダイナマイトの役目もあるのでしょうと考えます。
また、はっはとしくしくを早速足しますと
頭と尻を結びますとハックとなり、
ハッキングは至る所にその意思を通わす事適いますので
優しさに至る事も出来ますねなどと。拗らせる次第でもあります。
ハック72、何?何?などと知ろうとする事から始まりは生まれます。

一人の友は告げてくれました

ひたむきに、ただ、ひたすらひたむきに
善き言葉です。
是非そう在りたく想います。

姿勢に対する解は僕も大好きです。
ひた向きに地を這う如くひた向きに
加えて空を加えますと見える景色はまた美しく
自由なる空と、ひた向きな地を視ますと
よりその大きさに潤わされて行く事もまた御座います。
ひた向き。。。大好きです。
自由も大好きです。
どちら共、据え置く事は互いの損失でもありますね。

最後に僕は傷の事
何故、傷は癒えないのかをお話しさせて頂きました。

これは、完全に受け売りの丸投げで申し訳ないです。
僕の言葉ではなくて、キリスト信者の先生の言葉です。

先生の見解は、開いた傷口から愛が入り込もうとするから傷は癒えなくてもいいという見解です。かの日幕屋が2つに裂けた理由にも合点が行き。分裂が起きて愛に至るという御言葉にも合点がいきます。

僕は個人的にこの様な知彗こそ神様の技であると感嘆しておりました。
私にとってこれほど力強い言葉はありませんでしたので記し、またお伝えさせて頂いた次第で御座います。

こちらは私事ですが
(心魂を繋ぐお方が誰なのか?何故其処に拘ったのかが事実と合致致しましたので喜んでおる土曜日でありました。)

この様な私共の
小さき器の誉れとはなんでしょうか?
決して空の器模様を誇る事でもなく、また魅了する事でもなく
まして大きさを競う様なものでもありません。

其処に乗る水なら水、糧なら糧を切らさぬ様に受け入れている様。
何時でも誰でも手を伸ばせるように腐らせぬ様。

満たされ易く、溢れ易く、何時も新しく鮮やかな様
この様に感じます。

たった一歩でも
歩むと景色が変わる物でございます。
感謝申し上げます。