2020年03月09日

本当の勇気

みなさまこんにちは、屋根修理おじさんです。👷

今日は本当の勇気について考えていました。
と、言いますのも、以前書いた私の成り立ちが思いの他読んで頂けまして、変な話なのですが少し怖くなってしまい。

そうですね、流石に消しはしませんでしたけど
どうしたもんか、と悩んでおる次第でもありました。

(私を恥じる者を私も恥じる)
こんな聖書の言葉を思いだしては、奮起してメニューに入れたり。また、怖くなってメニューから外したりしつつ。
思い通りにいかない自分の内面への葛藤を見つめていました。

時に、今一緒に頑張ってくださってる仲間の職人さんに
三浦綾子さん原作の塩狩峠のDVDを御貸ししておるのですけど

そんな折、話の中で、長野先生(主人公)の方に洗礼を授けた牧師先生の姿が目に浮かんで来ました。

その牧師先生は路傍伝道しているだけでしたのに、耶蘇と呼ばれ雪玉を投げつけられる。その様な時でも伝道を止めようとはしませんでした。そこへ長野先生が通り掛かる訳です。

その勇気はどこからきているのかは僕は解っていて、信仰から来ている事は間違いないのです。真理は迫害されるという甘く頼れる様な言葉ではなくて、明らかな信仰心から出ている勇気であります。

そこから己の内面へとまた帰ってみます。

僕の内面には3本の柱が立っています。
信仰と希望と愛ですね。
昔、父に贈った墓石にもその様に刻ませて頂いております。

さて、
愛は己のみならず これは大丈夫
希望も己のみならず これも大丈夫

ただ、信仰・・。
おそらくですけど、先ほどの牧師先生とは違って、僕は己のみの信仰だったのかもしれない。ここだけは、片翼であったのかもしれない。

いや、そうだから恐れが勇気を挫いたのだと今日恵を頂いた次第で御座います。

己のみの信仰だから貴方は弱いのですと
己のみの勇気だから貴方は未だ弱いのですと
この国に在る頭数のことじゃない。

こんな御言葉を頂いた様な気がしてなりません。

ですから信仰も己のみならず

色々書いて来て、やっとですけど
僕は、恐れずに信仰していける場所に来れたのだと思います。
本当にいろいろを受けて来ましたので、信仰だけが独りよがりになっていたのですね。

その様な訳で
今の僕の内面は全て両翼を備える事が出来たと思っています。

愛の場所は全てを受け入れてくれて
希望は傷が付く事はなく
信仰はひたすらその場所を自他の両目で見据えて祈ります。
もちろん傍らに何時も居て下さる御霊と共に

そんな一日で御座いました。
もう怖くはありません。😊神様に感謝申し上げます。

そうそう、このコーナーに誰も来なくなっても怖くないです。(笑)

(⋈◍>◡<◍)。✧♡  今日も読んでくださってありがとう。あらゆるお勤めお疲れ様でした!!

雨漏りと戦った私の経歴
信仰心と戦った私の経歴www