2018年06月23日

全て俺の庭という考察につきまして

皆様こんにちは

何故全て俺の庭という考察に到ったのかを書いてみようと思います。
自分の半生も混じってます。

あらゆる教えや律法は長年人々が培ってきた英知で有益に働く事もあります。
私も実際多くの英知を持っているつもりです。
しかし、その英知の用い方は全ての方が同じではありません。
ここではそれに言及は致しません。

あくまで私に於きましてはの前提で以下を続けます。
私の場合は英知を用いて視えれば視える程、愛に導くはずの英知がかえって棘となり、鎖となる機会が多くありました。
愛と解放に導くはずの英知が働いてくれない数の方が圧倒的でした。

ぶっちゃけますと
この半生、貴方は知らないと人様を裁いて来た事実は恐ろしい程の数に上ります。これは、心に思った数の事で実際に口に出した数ではありません。

今、私はこれをどの様に伝えてみても、私の中にある英知が愛とは決して思っていません。ですので、私に解放をもたらすはずの英知が邪魔になっています。

目には手を
歯にも手を
手には両手を

この言葉。
ハムラビ法典でも聖書でもこちらを変えて目標とした言葉に強い憧れと挑戦を頂いています。
何故なら私は信仰者だからです。

この言葉に近づこうとすればする程、捨てなければならない物が山ほどある事に気付きます。
ともすれば信仰者という名も捨てざる得ない時があるかもしれません。
それに私が生きている間に辿り着ける保証もありません。

それ故、愛以外の英知を放棄しようとした時に私には祈る事が必須となりました。例えば偶に頂く事もある非難の御声も祈る事で解決しています。

非難の御声の背景ですけど
人は生まれ落ちた環境も育った経緯も経済的環境もそれぞれ違う訳ですから
羨んだり、嫉妬したり、非難したり、揶揄、憤りは当たり前の様に起こります。
詳しくはもう良いのですが2年前の出来事が頭を少しだけよぎります。

これを英知の及ぶ範囲で処理出来るのでしたら問題はありません。
しかし、捕らわれている方も捕えようとする方も、そう単純ではない。
口に出さないまでも、心内はそう単純ではないのです。
心の血管まで入り込んだ負の感情を英知で取り除く事は難しいのです。
ただするな!と裁いても意味がありません。
そこから逃げても、ごまかしても意味がありません。

ですから、その様な悲しい行動をされるよりも
先ずは過去に戻って束縛を受けた自分。強制された自分。貧しかった自分。比較された自分。様々な自分を自分自身で労わってあげて下さい。
辛かったね。苦しかったね。と自分で自分の過去を解放してあげて下さい。
これは、妄想ですけど、自分が過去に行ってもいいし、過去の自分を今に呼んでもいいと思います。
大事な事です。自分で労わってあげて下さい。
自分にしか無い過去と今の自分を作った背景なのですから。
過去は変えれませんけどきっと今の自分なら過去に戻って、羨んだり、嫉妬したり、非難したり、揶揄したり、憤ったりした結果に対する対処を今の自分と過去の自分と2人で対話出来ると思います。
時間軸は何処まで遡っても一時間前でもいいと思います。
何かの責任にしたり、ちゃんと過去が癒されないと、刷新した歩みがより困難になりますし何時も廻りに居てくれる方への労りが出来なくなってしまうと私は思うからです。

その様な事に想いを馳せなくても良いに越した事はありませんが、私には必要でしたので自分自身を日々刷新する為にやってます。そして祈ります。

以前の私はこの様に祈っていました。
神様どうかこの人を赦して下さい。
この人は何をしているのか自分では解らないのですから。

どうでしょうか?この様な祈り?
私はこれを幾度となく祈った事があります。
また、祈られた事もあるでしょう。
どう感じたかは人ぞれぞれですが、私は人間ですのでこの祈りは止めました。

今はこの様な祈りです。
神様どうかこの人が悲しい事してる暇も無い程愛と、喜びに包まれます様に。
また、この様に祈られた事もあるでしょう。
どう感じるか。これもまた、人それぞれですね。

この祈りを偽り無く成就する為に私にはデカくて広い所が必要でした。
だから、全部俺の庭という考察に到った次第です。

全部俺の庭なら

自分の事の様に
守ろうとするし
整えようとするし
祈ろうとするし
楽しもうとする。からです。

出来る、出来ないじゃないですよ。何もしないという事でもないです。

出来ると言った瞬間にまた、新たな計りが生まれるからです。
何もしないという事は解放を意味しません。

私に大事な事は
常に自分の事の様に守ろうとしている。
ここに到れるのかどうか
これだけです。

その様な訳でありますから、くどいようですけど、私には祈りが必須となります。
これを幾度となく練達して行きます。
そこから練られた品性へと。愛へと繋がっていけたらいいなぁ。

なんて想っています。

私は、自分の事より大切な何かを持ってる人が居てもいいと思っています。
もちろん。自分が一番大切と考える人もね。

だから、全て俺の庭。
これで漸く負の連鎖のデカさと土俵上だけでも並べるからです。

これは英知ではありません。こう在りたいなという私の目標です。
なのでそう簡単にはすり替えられはしません。
これから、これからで御座います。

(^^;)
本日もお付き合い頂きまして ありがとう。