2018年06月10日

違いを楽しむ

皆様こんにちは。
本日のタイトルは違いを楽しむです。
個々の時代、と共調性、共存性を考えてみました。

私は、昔は原理主義者でしたので、中々他を認める余裕がありませんでした。
でも、少しずつですけど、原理よりも大事な事、教えよりも大事な事を発信を通じて痛感する様になります。
原理も教えも愛に到らなければ、何にもならない事に到ります。

愛が無いならやかましいドラの音。
これに尽きます。

そうして個を見ながらどうやって共調するのか凄く悩んでましたけど、ある視方に気付きました。

人は基準となる倫理感はあったとしても心の中身は全然違うという事です。

これを受け入れる事は物凄く大変です。
口で言うほど容易い事ではありませんでした。
あ、私はですけど。

でも、受け入れるんじゃなくて、楽しむ事なら出来るんじゃないか。
そう考えた時、それぞれの心を可視化したら楽しめる。
この様に考えが到りました。

この写真はスターウオーズという映画の酒場のシーンです。
全く形の違う生き物が同じ空間にいます。

人それぞれの視方もこれに準じればこれから先楽しめると思いました。

みんな、見えない心の中は宇宙人みたいな感覚です。
これだったら違いを無理して受け入れるという事もなく
無理して自分の物差しをあてがう事もなく
無理して首を縦に振らなくて良いよ。

面白い形やねって
楽しめるんじゃないかと。。笑
自分と違うから嫌いとか
これが出来ないから嫌いとか
無くなるんじゃないかと。

なので、今は
コリン星から来た、ユウコリンを楽しんでいます。
(^^;)
当時ははっきり言って
アホと思ってました。ごめんなさい
m(__)m

また、こちらの動画は当時私が痛烈に批判した動画です。
この様な賛美は冒涜と捉えていました。
だけど、今は賛美の形は自由。ほんとに自由でないと賛美出来ないよね。
心からこの様に捉えています。
本当に、私が愛に到る道のりは遠いのですね。(笑)
この賛美は個の協調ですばらしいです。
笑いながら泣いてました。
今思えば、誰の責任でも無くその様な私だけの歩みだったんですね。
もちろん、人様も同じ。

こうしてまた、一歩一歩ゆったりと歩んで行けます。
私の究極は裁かれても、裁かない事。
そこには愛が無いから。

今日もお付き合い頂きましてありがとう。