2018年05月24日

人情屋根屋しまじろう先生が教える人生を変える3の事

皆様こんにちは
今日は人情屋根屋しまじろう先生が人生を変える三の事を教えます。
本名は パパ、だいちゃんです。
この様に呼ばれる頻度が高いので、もうこれが本名の様な気がしてます。笑

因みに自分で自分を先生とか書いて
更には人生を変えて教えるとか言っちゃって、少々、吐き気と寒気がしてます。
ツブツブ出てます。
やっぱり、書き直そうかな。笑
いや、面白いので続けよう。

さて、本日皆様に教えたい事は3についてです。
教えたい・・
笑える。。ここは我慢だ!!

伝わるといいなぁ~。そんな軽い感じで。

3と言えば
一番ポピュラーなのが
空と海と大地
体、心、魂

また、個人的には
灯火、鍋、具材
芯柱、小屋組み、隙間

色々御座います。
その中で今日お伝えしたい3は下記の通り

人を視る眼、自分を視る眼、両方閉じた時に開く眼
この三つの眼の働きに付きまして書いてみようと思います。

(人を視る眼)
これは齢、経験でだれでも備わって来ます。
人を視る眼があるね。とか無いねとか。
書いてて既にこれはどうでも良く成ってきましたので飛ばします。

既に先生じゃなくなってます。笑

(自分を視る眼)
これも好きに見ればいいし、
何かに頼ればいいし、色々教えはあるでしょうから
スッとばします。
あ、やる気ありますので、もうちょっとだけ。。笑

(両方閉じた時に開かれる眼)
ここからは超真面目。
例えば
赤ちゃんを視る時に自然と優しい顔つきになったり
小動物を視た時に慈しんだり
景色や自然の音の癒しを視たり
好きな人が出来て会う瞬間。
初めての事や感嘆・感動
無限への憧れ
好きが好き

これらは、人を視る眼と自分を視る眼を閉じた時にだけ
開かれる眼だと思っています。
私の実体験に於きましても当てはまります。

また、この眼は誰でも持っている眼でありまして
この眼には
愛を筆頭に慈しみや寛容や労り、優しさ
人の財産がこの眼には宿り詰まっています。

人の眼は三つで一つ
言わば三位一体の体を成しているとも考えられます。

どの眼を一番使った方が良いか?
その選択・シチュエーション・バリエーションは自由。

人を視る眼を養ってもいいし
自分を視る眼を養ってもいい
これらを閉じて三つ目の眼を開き続けるのも良し。

今回私が、お伝えしたい事は、
人と自分を視る眼はおそらく限界がある
理由は忘れる事が多いと申しましょうか
両目とも反目し合う白目と黒目が同居していますので
忘れないと目が潰れてしまうからです。
許容範囲・可視範囲がやはり狭い。
人を視る眼は白目
自分を視る眼は黒目
逆もまたしかりで限界があると思います。
互いに計り合うのもこの眼です。

ですので、この両目を閉じた時に
三つ目の眼が開いて
至福の感情も生成されて忘れがたい想い出や余韻にも繋がって行くものが見えて来ると思うのです。
ここには限界はありません。眞に
幼かった時に無意識に持っていた眼です。
また、無意識に偶に使っている眼です。

とはいえ無理に意識しなくてもいいのです。
へぇ~そうかもね。
これ位でもいいので、三つで一つの眼
どの眼を使おうかな。
この程度でも大変うれしくおもいます。

眼を可視化して
誰かや私がちょっとでも楽な旅になったらなぁ~

その様な想いで
これでも、おもくそ、頑張って書きました。
広くデカい所へと、念仏の様に謳っていましたので
答えの一部を貰いました。
まだ、もっと広くデカい所への希望は持ってます。

※余談ですが全てを見通す眼は私が一番大嫌いな眼ですので
それとは違う事を念を押させて頂きます。
我貧弱ながらもこの眼とは戦っています。

※これも余談ですが
人が裸で謝罪してもダメだ!下着まで脱げと申すは
いとも簡単であり、簡単に甘んじるは我、挑戦者とは言えず。
その下着とは謝罪する者の最後まで守りたかった物。
家族の絆・苦難の際最後まで傍に居てくれた方
その様な糸で紡いだ最後の一枚なのかもしれない。
負の連鎖上にあっては被害も加害も結果でしかなく。
ならば全て止める事適わぬとも、癒す事は適う。
故、開かれた眼を大いに使いたいです。

余談多いな 笑
今回もお付き合い頂きまして、ありがとう御座いました。

我想う
時代の歌に
合わせても
奏でる歌は
我に似合わじ

両目を閉じて良い夢を。
それじゃ。~また。(^^;)