2017年03月05日

その人は

先日書いた方の特徴をもう少し詳しく書いてみようと思います。

二十年前に感じた私の眼が基準でありますので、もちろんその方の全てを網羅出来た訳ではありません。

当時は今ほど仕事にも恵まれず、何故、何故の繰り返しの中、自問の中苦しい毎日を過ごしておりました。

良く言えば反骨精神ですが、比率的には敵意が強く、労働者のみ犠牲になる世に我慢出来ませんでした。

あらゆる敵意に満ち、笑顔も薄ら笑いが精一杯だったと思います。

そんな中での、この方との出会いでありました。

この出会いは神様が導いてくれた。そんな風に捉えております。

私は、神様はいると思っております。ただ、自分に都合の良い神様はいないとも思っております。

では、考察に入ります。

考察というのも何か変ですね。 笑

①その人は器という概念を誰にも置かなかった

この方は毎週の集まりで戸口で挨拶をする方でありました。私は少し遠方からずっと眺めていました。

その集まりには、杖をついて来られる方や、家族連れの方、高級車で乗り付けてくる方

全く生活水準が違う、想いも全く違う方がやって来られるのですが、この方の物腰は一ミリとて変化ありませんでした。

私は、毎週見ていましたので、間違いありません。

いや、むしろ疑っていたので毎週の様に眺めていたのかもしれません。

これは内にある想いが無ければ、必ず見透かされます。それ程多様な方が来られていたからです。

そして、その尊敬の念が強くなりましたので、その想いをその方への賞賛と共にぶつけてみました。

 

②自分の賞賛なのに共にする人と共有した

どうして、その様な態度を取れるのかは、愚問で失礼でしたので

率直に憧れを表明しました。

すると、その方は当然笑顔なのですが、自分の事は語りませんでした。

ただ、ただ、今私が良い想いを抱いている事に注視してくださり

昼食を共に取ろうと言ってくださり、強い笑顔で私の影の部分を照らそうとしてくれました。

そして、ああしなさい、こうしなさい、は一切ありませんでした。

これが、本当に感動で、賞賛を共有する糸口みたいな物を頂いた次第です。

 

③叱責は自分だけにとどめて漏らさなかった

その集まりには、この方だけでは無く、他にも権威のある方達がおられました。

多国籍の集まりでしたので、国籍の統一を図ろうとする方もおられましたが

それを、否とする方も当然おられるわけです。

この方は当然少数派の否側におられましたので会合などでは叱責を浴びせられます。

いや、もっとジメジメした物が存在していたかもしれませんが、

愚痴を聞いた事がありませんでした。

誰か一人でも自分に取り入れて、少数派から多数派にしようとする動きも無く

何時も熱い笑顔でおられました。

 

④按手の位置から上下にぶれず

按手とは握手の事です。

この方は人と相対するとき、子供であれ、先輩であれ、自分と意見の合わない方であれ、

全て、敬語で応対しておりました。

全ての方を尊重していたからです。

握手は中心と中心でつながりますので、先ずこれが驚きでありました。

当時の私は、上から目線にクタビレテ、上から目線になっていましたので、、。

現在私が施主さんの子供にも挨拶と敬語を使う事が習慣付いているのはこの方の影響であります。

 

⑤その手は、とても広く大きい

身長が190㎝超えている大きな方でしたので

実際に手はデカい 笑

私にとってはですが、この方は父母両性を持っておられる方

そんな風に感じた次第であります。

 

最後の逃げ出したは、

自分も頑張ろうと思ったのです。

その方の様にはなれませんけど、

ありのままでもいいのだけれど、そのままではいけないと思ったからであります。

 

(右手と左手)

あなたが私を打ったその右手より

あなたが躊躇ったその左手を強く握る。

 

眞に慈愛の塊のような先生でした。

あ、まだ御存命です。 笑