2016年07月13日

洗足(遠足じゃないよ)

workman本日は、雨曜日です。中々お天気に恵まれず・・。苦戦を強いられております。お待ち頂いておられる施主さんの事を思うと、こう、漬物石の下の漬物の様な気分になり・・・。重い(想い)

そんな中、うちの仕事をやらないか?とお誘いも御座います。
希望があるならどう?みたいな感じですね。
有名な所に誘って頂いて本当に恐縮致します。ありがたく思います。

 

 

 

ただ・・・。
最後に付け加えた
(私を審査・精査した後、合格したらですがね。)

この言葉。いきなり初対面の人に使う意味を解って使っておられるのでしょうか。
それも全然私は望んでないのに・・。
唯でさえ雨で憂鬱っぽい感じなのにぃ(笑)

 

 

こんなシチュエーションで何時も浮かぶ新約聖書の言葉があります。

(神よどうかこの人たちをお許し下さい。この人達は自分が何をしているのか、自分では解らないのですから。)
この言葉を逆に私に向けられたら・・。泣きます(笑)

 

でね、同じ新約聖書の中にはこんなシチュエーションもあります。
砕いて説明いたしますと

旅先の夕刻に親方が12人の弟子の足を旅の宿で優しい笑顔で洗うのですね。
で、当然弟子は拒否します。ヤメテ親方!そんな事しないでください!って。

でも親方は優しく笑いながら、こう言います。
仕えるられる者は誰よりも仕える者になりなさいと・・。
(私は参加出来ませんが、より良い元受けになってくださいね。)

 

結局この12人の弟子は一人の弟子を皮切りに全員親方を裏切って、親方は処刑台に貼り付けられます。
その時の親方の脳裏にあった言葉は、

(神よどうかこの人たちをお許し下さい。この人達は自分が何をしているのか、自分では解らないのですから。)

いやもう何十年も、この言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えしています。
何かを伝えるという事はそれこそ人間をやめる程の命掛けの愛がなければ伝わらないと・・。
裏切った方の為に祈れるとか、完全自己勝利やんかとか・・。

 

心内を徒歩でリヤカー引いて毎日、テクテク歩いております。(たまに木陰で一服もしていますが)
一服長いなぁ~も御座いますが。笑

 

・・・。(笑)

 

 

ですので
私はビジネスライクにビジネスマンらしく出来ないので、許してあげて下さいね。
あなたは合格とか私には必要無いので
精査・審査は人ではなく、自分の為に向けて下さい