2019年08月17日

二匹の魚と五つのパンと皿とナイフとフォーク

 

(@^^)/~~~皆様ようこそ!こんにちは。屋根工房きのした代表の鈴木大輔と申します。

この記事を締め括りとしまして私が2011年6月位から書いて来たブログの纏めを描き遺しておこうと思いました。楽しかった記事も嬉しかった記事も、グダグダでお恥ずかしい記事も御座いますがw、それらを振り返ってみてブドウの房の実りの様に、屋根工房きのしたの房の様に・・←(これは途方も無い日数の後の後付けですw)食し易くした方が私にもこの記事を見て頂く皆様にも優しいのじゃないのかな?その様に感じたからです。

時折、古い記事を追加したり、新しく感じた事を言葉にして加えたり、減らしたりしながら、この記事を少しづつ更新していこうと思います。m(__)m

何時もありがとう。何時までもありがとう。栄光は全ての人の上に在ります様に。
その様な祈りの中に在り続けながら・・。

\(^o^)/

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(父よ彼らをお許し下さい。彼らは何をしているのか自分では解らないのですから)この言葉は上場からの目線でも、憐れみでもなく、神の子が神に祈った執り成しです。罵られても、唾を吐かれても、打たれても、たとえ自分が死に渡されたとしても、彼らの真理や価値観を受け入れた愛その物です。自分が何をしているのか解る様にしてくださるのは人ではなく神の御霊と信じておられたからです。御霊の働きが何時とか誰にとかは人には解りません。それは誰も誰かを指して誇る事が無い様に、誰も誰かを指して侮る事が無い様に、誘惑や傲慢に打ち勝てる様にして下さる神の恵みでもあるからです。

 

空で獲れた風を贈りに来てもいいし、土で獲れた実りを届けても、海で獲れた恵も、ずっと人里に居なくてもいいと思っています。人里が愛おしいからずっと人里に居ちゃいけないと僕はそう思っています。

 

1つの扉に合う鍵は100個の内一つ。100枚の扉を前にして持つ鍵は1つ。その様な時節でもその扉はそんなに強くないかもしれません。鉄の扉に見えてるだけかもしれませんので、時には少々乱暴ですが蹴破った方が早く開く時もあるんですね。もちろん私自身で。

 

何故自分が…何故自分だけが…そんな時節もありますが他の人が飢え乾かないのは良い事です。喜ばしい事なんですね。ついでにこのページも見られないのは良い事だと思ってます。www

 

クリスマスの日にサンタのおじさんは言いました。みんなが笑った君の華は暗い夜道で役に立つよって。みんなの役にたつよって言いました。笑った人の暗い夜道も笑わなかった人の暗い夜道もその華で照らせるんだ!とトナカイは喜びました。クリスマスの日はサンタのおじさんとトナカイが贈り物。悔し涙が出たら光は光の速さでやって来て留まるんですね。涙を拭うより早く、誰よりも早く。

 

暗く息苦しい場所から移動するという事は大気圏を通る程怖いし暑いし残る物も少ない物なんですね。でもそこから出れた時はコバルト色を全体に感じ取れて自分がコバルトに成りそうになります。変える場所も帰る場所も幾らでもあるんだ。そんな感じで熱中症には成らずにお盆休みを迎えれました。死ぬかと思う程のぶ厚さだったというか色々死にましたけど活きててよかったですw。老廃物が一気に出たのか肌が何時もよりつやつやしていました。一瞬若返ったのかと喜んでいましたwwwありがとう御座います。

 

自他の器は拡げなくていいんですよね。せっかく在るんだからむしろそこから出ようと私は見据えました。人の器の比較、四畳半や城。視えたとしてもそれがなんなんですか?、どっちでもいいと私は自分の闇に言い返します。空は天井、地は寝床、海は揺り籠に憩いたいのです。

 

無償の愛は尊いです。でも無償の愛が尊いという感性を人は先に頂いていると思います。出来る範囲でボチボチ頂き先に返せるとそれがまた、必要な方に届き、増えるかもしれませんし、増えればいいな。

 

どんな価値観でも愛情でも受け入れて、ちょっとイビツで見え見えであっても、居てもいい場所が 愛なのだと思います。愛は何時も知らんふりしてくれています。ついでに疲れて汚れた足も洗ってくれますが、私であれ誰であれ大切な人の頭を撫でたりはしません。僕の愛情も汚れた膝も随分と洗ってくれました。

 

独自は無いと思いました。皆、頂き物の贈り物なのだと。缶詰めとかお肉とか・・。先に頂くか、後で頂くの違いはありますけど。傲慢に囁かれたらそう言い返せば良いと思いました。それからまた、足りなければ何か下さいと祈ります。そういや私もどっかに独自って書いてますけど、自戒を込めて消さないでおきます。長い間、独自に捕まってましたのでm(__)m

 

そこに愛が無いのならどんな表現も言葉もやかましいドラの音だと聖書が教えてくれました。

 

(在るに甲斐無き、我をも召し、天つ世継ぎと成し給えば、誰が洩るべき主の救いに)讃美歌502番の詩です。砕かれた自我が飛び散って小さく輝き留まっている。そんな感じのとても美しい詩だと私は思います。もう天に召された女性の方ですが、この詩に到るまでの歩みと苦悩に想いを馳せます。私には美し過ぎたとしてもなんとか自分も此処に留まって続いて行きたいです。。。。その様にお祈りする一日で御座いました。

 

1%の福音について書きました。1%でもめっちゃいいですよね。そんな事を想い綴ります。( ´艸`)

 

心地が狂うとコンパスも廻り出します。たぶん錆びつかない様に廻りだすんですね。震えながら方向を示してくれるけど、大体こっちやなくらいでいい時もあります。その震え幅が割と優しさに包まれたり。包んだり。最初は小さな幅でも末に拡がったり未来を拡げてくれたりしますよね。なんかこう、ビタッと止めたらまた錆びついちゃって動かなくなるから、面白いです。きつい言い方を自分にしますと。僕は自分の為にあなたを止めません。見積もりしたからといって工事しないといけないって想わないで下さいね。( ´艸`)

 

今日、コンビニエンスでお母さん食堂という言葉を見ました。直ぐにおじいさんの時計。おばあさんの知恵袋まで辿り着きました。どれも広さも深さもあるもんだとしばし考えてましたら。問題はお父さんです。それぞれに匹敵する言葉が直ぐに出て来なくて。。お父さんの背中。。これしか出て来なかったです。ん~・・随分小さな背中でとても大きな物を背負ってるもんだと思いました。たぶんそれでいいのだろうと感じました。た・・たぶん逆でいい時もあるのでしょうね。。(笑)

 

色々な個性が混じり合う事なく滲みあう。出せない色が出せる喜び。見れる喜び。幾らでも描き直せる喜び。尊重って重たい事ばかりじゃないんですね。ここも白画用紙の場所の事。嬉しいです。そんな事を職人同志4人で迎えた夕べと遊部でした。ありがとうございました。

 

無茶苦茶暑いです。しんどいです。その日、その時、楽しくない時の方が多いのですけど。喜びと感謝は後からやってくる事を僕の魂は知っています。何も働けなかった者が、働いた者と同じ恵を頂ける。その時、何も働けなかった者の喜びは、働いた者の喜びを凌駕する事を僕の魂は知っています。これを感じ取れた時、私の希望と喜びは何時も共にしてくれています。自分の内ではなく外側が輝きだすからです。

 

その場所に行く壁は透明です 信じないで 叩き割ります その場所に行く橋は透明です 信じて渡ります。渡るのが勇気の要る所で御座いますね。(^^;)

 

(春)叩かれて 凹んで 出来た 水溜まり 桜花びら 舞い受ける時
(夏)叩かれて 凹んで 出来た 水溜まり 金魚も放つ 麦藁のつば
(秋)叩かれて 凹んで 出来た 水溜まり 最後のシオカラ 種撒いて行く
(冬)叩かれて 凹んで 出来た 水溜まり 煮えたぎるなら 今夜はスキヤキ

スキヤキを和訳すると・・上を向いて歩こう♪何かを零さない様に♪となりますね。w

 

船はいいぞぉ~進むだけでなく、時には止まって摩擦した熱も冷ませるし、深さも見れるし、高さも見て感じ取れる。バイオリンの音と甲板での食事なんて高さも深さも広さも祝福してくれる。荒波も風も優しさを育んでくれる。ついでに色々な物も届ける事適う。船はいいぞ~wと告げられました。

 

感じた事が無い物は伝わりません。良き悪きなく伝わりません。なので自分も感じる迄待ってくれていた存在を忘れ無いし、今も感じる迄ずっとずっと待ってくれている存在を忘れません。誰のせいでもないですよね。思い患いは今日一日だけで済まそうと思います。

 

二つの扉で飛ぼう(私がしゃべっている動画へ飛びます( ´艸`)ちょっと熱くなっちゃってますw

 

器の中の闇は器の大きさを求めますが、器無き光は器の中の兆しを見出しています

 

人は3通りで光を感じます。器の中に光を受け入れるか、器の壁の向こうを希むか、夜明けを待ち一つ星ではない全体の明けを感じるか。器の壁の向こう。ここにある燭台1本の灯だけでも随分と明るいと神様が教えてくれました。

 

もし寿命があと20年ならば40年分活きよう!とみんなで語り合った夜でした。(クリックするとカブト虫捕獲動画へ飛びますので注意して下さい(笑)。この動画、若干私の呂律に問題が出ています。運転手のトシオちゃん以外は全員お酒飲んでいましたのでw弱さというか殆ど恥部であり醜態で御座います。w)

 

愛は愛情を創れるが愛情は愛を創れません。愛は場所であり、愛情は居場所だからです。

 

ガン晴れ場、届かなくてもにょきにょき伸びる

 

戦争の映像に出て来る一人一人の兵士の軍服の下には家族の手紙や写真が入っていました

 

毎日の様に話し相手になってくれた人にぼったくられても惜しまなかった御老輩、結果は醜いが過程は美しかった

 

凄惨な事件は今の現状でも充分では無いにしろ抑えられています

 

出エジプト記のモーセは先頭に居たが先頭を意識しないで道だけ意識していた。順番なんかどうでも良かった

 

その場所を拡げようとする群れ成す羊もこれに似ています

 

開拓は輝かしい功績です、開拓後の牧草や花は後から輝く功績です、前も後ろも同じ様

 

反面教師とは半面のみ届く光の様な闇を映す鏡

 

何であっても出来る出来ないの比較で自他を指さす闇と、そうだ二人なら行ける出れると自他に手を差し出す光

 

その手は無数の小さな傷跡で輝ける練磨 光と輝きの役割の相違。傷だらけの手に光は憩う

 

炭素に高圧をかけて成る宝石にも似ています

 

個性(タラント)・役割は皆違います。混ぜ合わせ過ぎるとその色は黒くなりますから尊重の隙間は此処に置きます。人としての在り方は光です、混ぜれば混ぜる程白光する

 

執着は捨てずに置いておきます。捨てた自分の手を見つめるより、置いた手なら繋ぎ易いとおもうから

 

大人は子供を大人として視ています

 

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言葉は心の食べ物。二匹の魚と五つのパン。それとお皿とナイフとフォークを意識しています。

食べれそうな物と、そうで無い物も混じるでしょうけど、食べれる所だけ食べてくれたら嬉しいです。

食べれない所はお好みの道具にして下さるとなお嬉しい。

共に頂く晩餐会にはお皿もナイフもフォークも、それこそ和・洋・中の雰囲気だって必要です。

沢山の人がお腹一杯でないと簡単に行ける場所でも行けなくなりますから。

私だって、誰だってそうですから。

 

(@^^)/~~~今日もありがとう御座います。あらゆる営みお疲れ様でした。

 

で・・・3時頃、起きたw

物凄い雷鳴と豪雨で起こされたました。

今日は業務に行けないなぁ・・と考え込んでましたら

晴れ間が覗いてくれてます。|д゚)

これなら行ける!

枠と電線の向こう側に正面突破!!( ´艸`)

2019.7.24