親方職人の経歴

日本瓦職人を父に持ち、子供の頃から屋根工事の手伝いをしていました。

(その当時の記憶の想いではこちらからご覧いただけます。)

 

万国博覧会後の建売ブームの頃木下瓦店にて7歳の夏休みから職人さんの落とす瓦の新聞紙拾いから始めました。

当時の瓦は、5枚括りにてその外側を新聞紙で包み瓦が傷つかないように配慮されていました。

力仕事は全くだめでしたが、職人さんの使ったあとの土盛り鏝や土を運ぶ為の鉄砲の清掃、新聞紙拾いやら主に下廻りに従事しておりました。

19歳で、職人さんの手元の手伝いが出来る迄に成長致しました。

 

当時は土葺き工法が主流でしたので現場下廻り作業は、土上げ方にその重きをおかれます。

当時の我々の瓦を葺き上げるスピードはとても早く一日で使います土の量は、2tダンプ二台分位が平均とされておりました。

ですので先ずは土の粘度に負けない腕の筋力が必要とされ、その後時間が余れば職人さんの技術を盗みに屋根に上がったものでございます。

ようやく職人さんの手元の土盛りが一人前に出来るようになる頃には19歳でした。

22才で、親方から独立し、現在45歳になります。

3kという流行語を聞きつつ20歳の秋に日本瓦の職人となり、吹田の屋根屋さんや十三の屋根屋さんにて技術を磨き22歳で親方から独立、阪神淡路大震災を体験致します。

瓦屋根の仕事が激減していく中で、名刺撒きや紙媒体の広告で維持して行き、現在はお断りさせて頂いておりますが、ハウスメーカーが建てる新築物件の屋根工事やリフォーム会社の下請け業務、建てた工務店も解明出来ない雨漏りの修理などをこなして参りました。

正確な数は計りかねますが、私が手掛け・経験した屋根修理や雨漏り修理は、(他店応援工事も含む)
約100件のコロニアル葺き替え
約500件の日本瓦葺き替え(新築工事含む)
約1300件の修理工事、一般住宅改修はもとよりマンション屋根改修・工場屋根改修・社寺・仏閣の改修工事など幅広く携らせて頂きました。

屋根屋、雨漏り、補修の職人として現在考えられる最善の考察を用いて施工させて頂いております。

日本瓦修理・屋根修理・雨漏り修理が大好きな現役職人の私が一時的に止まっていた雨漏りや何度修理しても直らなかった雨漏りも完全にお直し致しております。

宜しくお願い申し上げます。 🙂