2019年10月27日

モチ神様

私とカミさんは今出会って、27年と2か月が経ちました。
もう、そんなに経ったのかよw・・と
なんだかほんとかなぁ・・と
思いますけど

いや、これは毎回思うのでしょうね。
よくこんな暴れん坊に付き合ってくれたもんだと感心するのですがよくよく思うとカミさんも暴れん坊の方でもあります。

カミさんは本来、稲荷神社以外の神社の雰囲気が好きだそうで十字架信仰はどっちでも良かったのだそうです。
それに僕と出会う前に二重にする手術をしていたことが最近になって判明しまして。。。
それを娘達の方が先に知っていまして。。。

僕はそれなりのショックの中にありまして。。。

この27年は何なのでしょうか・・

僕。。何してたんですか?

神様教えて下さい。。(´;ω;`)

と、おもうんだけどwww

そこから考察出来る範囲を飛び回ります。w

たぶん。。といいますか確実にカミさんと私の価値観は相容れない部分があります。

救いの兜も 色も形も違う
真理の帯も 同じ
福音の履物も そう
御言葉の剣も信仰の大盾のバランスもしかり
正義の胸当て これも加えて大きさが違う

ただ、何故長きに渡って共に歩めたのかを考えますと、共に闘って来た同志だからなんですね。これに尽きます。やっぱり共になんですね。二人とも若い時から恋愛感情には余り恵まれませんでしたので、どちらかと言いますと共闘。こちらに恵まれた歩みでもありました。

そうでありますから闘う為の備えを伝える私を彼女は忌み嫌わなかったのだと思います。好きかどうかは最果て位の場所に置いときましてwww

ですから自慢なんか遥かに超える程めちゃくちゃこの備えを僕はカミさんに押し付けました。押し付けは良くないとかの次元はもうとっくに超次元を超えてます。ゴメンね!!www(´;ω;`)あなたの為だと思ってた。それで死んでもよかった!!wwwという位であります。

この様なチキチキマシンの助手席にカミさんはずっと乗って頂いた訳でありますのでお互いの備えは以降そのままにする事の真意を頂く事にも繋がりました。そろそろレースではなくて旅をしてみたら?と促されたのだと思います。

その様な訳でして、もし、カミさんの備えが緩む様なことがありましたら、まぁたぶん無いでしょうけどw傷等付きましたら
僕はカミさんの備えをこのまま変えずに緩んだ紐を結び直す助け手となります。血の通っている手が使えそうです。また傷はあって当たりまえですから。それはそのままでいいとも伝えますでしょう。触らなくていいと。

そうしますと、相容れない部分は愛入れるという事なのだと信じます。分裂が生まれて愛が生まれるという聖書の教えはその通りだなと引き出しからまた言葉が出て来ます。そんな風に実感する日曜日でありました。

それから僕は御利益が先立つ信仰を持つ事はできませんが小さな子がその前で切に祈る、御利益が先立つ信仰もあってくださいとも思います。実際僕も幼き頃そうだったし、道祖神の前で手を何度も何度も合わせてましたから。互いに相容れない部分であっても。僕にとっての愛はここで滲む様に働いてくれています。

というわけで我が家で(モチ神様)の名をほしいままにした写真を張って置きます。これを見た方になにか御利益があるかもしれません。
何もないかもしれません。あ、でもなんかありそうwww

御本人様曰く・・・黒の歴史だそうですけどwww

それでもしんどい時は休みを
人はこれまで培ってきた自分の根幹枝
それこそこの上で休むことも

(⋈◍>◡<◍)。✧♡ それじゃ!また!!