2019年10月23日

次女をおんぶしました。

(⋈◍>◡<◍)。✧♡
昨日は家族で焼肉屋さんに行きました。
とても久しぶりで沢山恋話もしたし、私達夫婦の昔話もしました

次女にはこう伝えます
人にどう思われてもいいから自分の歩みをと
次女はこれに共感して大変嬉しそうでした

今はこれでいいと思いました
測る計りで計られる
これは、とても悲しい事
次に機会を頂けましたらこれを伝えます

人を殺める言葉は何も恐ろしいことではありません
忌むべきはその刃を持った根本でありますから
自分に傷をもたらそうとした行動ではなくて
視るべきは刃に捕まった方の罪その物の事です
闘うべきは人ではありませんし、何かと較べなくていい

なので、人にどう思われてもいいから自分の歩みをと伝えます
そうでないと闘う手段は比較しか無くなるからです

直ぐに忘れるから迷い探す比較というちょろついた眼光をやましましたら
忘れない愛で忘れずに闘えます
傷が付く前に防げますから傷はつきません
鬩ぎ合う間の眼差しは
むしろ相手の傷をも視れるでしょう

そうして一日の最後に次女をおんぶしました。
おんぶしてとせがまれたからです。

あなたを背負うと
あなたが背負っている物まで背負いますから

とても重くて、しんどいのです
でも、
とても嬉しく、
とても愛おしく思うのでした。

次女が背負う物は私の敵かもしれません

しかしながら、

あなたの敵をも愛しなさいという聖書の言葉は
それだけでなく
あなたの味方をより深く愛せる事に必ず繋がると信じています
その様な訳でして、次女も長女も家内も何を背負っていても私そのものです

また、持たない者は持っている物まで取り上げられ
持つ者は更に与えらえるという聖書の言葉も同じです

(愛を捨てる自由もあるということです。とても言い尽くせないのですが人間には人殺しや戦争を選ぶ自由もあるという事です。結果ではなくて自由を尊重出来なければ愛もその場所を失い無に帰してしまいます。初めから愛しか存在しない世の中ならそれはたとえ愛でも支配です。これは神に愛された人間には必ず必要な両翼です。あらゆる事件から考察できる偏りを均すには今の僕にはこれしかお届けする事ができません。ですのでここに長く居て欲しくないのが本音です。m(__)m)

その様な訳でして僕は僕の愛だけで愛そうとは思いません
愛は与えらえるとういう側面が確かに存在していた。
いや、存在しているからです
愛の栄光や喜びは自我だけに帰さない
ここに罪と自我からの自由と解放があると僕は信じています

美しい自然は貴方だけの物ではないし
もちろん私だけの物ではない事と同義です。

(⋈◍>◡<◍)。✧♡ それじゃ! 今日もお疲れ様でした!