2019年08月18日

こだまして鳴りやまない

(父よ彼らをお許し下さい。彼らは何をしているのか自分では解らないのですから)この言葉は上場からの目線でも、憐れみでもなく、神の子が神に祈った執り成しです。罵られても、唾を吐かれても、打たれても、たとえ自分が死に渡されたとしても、彼らの真理や価値観を受け入れた愛その物です。自分が何をしているのか解る様にしてくださるのは人ではなく神の御霊と信じておられたからです。御霊の働きが何時とか誰にとかは人には解りません。それは誰も誰かを指して誇る事が無い様に、誰も誰かを指して侮る事が無い様に、誘惑や傲慢に打ち勝てる様にして下さる神の恵みでもあるからです。

カッコ内の言葉を整理して僕なりに足して考えていました。
今日は久しぶりに三浦綾子さん原作の(塩狩り峠)を見ていて震えていたからですね。www

DVD持ってるんです エヘヘ( ´艸`)

僕はこの言葉に何度も何度も何度も救われてきました。
あの時も
この時も
これからも

営んでいる以上あらゆる負荷は心に掛かって来ます。

飛ぶにしても風圧
車輪にしても摩擦
泳ぐにしても水圧

この様な事です。

自分が行きたい場所に行く時にはどうしても負荷や圧力や摩擦は伴います。
伴わない人もいるかもしれませんが、僕は伴って来ました。

ですので、自分が行きたい場所への憧れは日に日に増し加わっております。
多少筋力が付いて耐え得る負荷を頂きながら超えた時
その時、喜んで頂けた事は、本当にその方と共に喜べたからです。

小さな負荷でさえ喜びを感じ得る機会を頂けるのだとしたら
人間の最大の負荷

すなわち、死

これを乗り越えられた時、どれだけの喜びが待っているのか・・
どれだけの喜びの量がこだまして鳴りやまないのか・・
涙ながらにそんな事も見据えて営んで行こうと思っています。

僕は信仰者ですから
死んで終わり・・とは思ってなくて
必ず大きな喜びが誰にでも備えられていると信じております。

ドンドンと私の心を罪ごと砕いて下さいと祈っています。
どんな火でも消せる消火器の砂の様に在れます様にと。

それから今日もサボテン君に水をあげていました。
盆栽が好きな御老輩の気持ちが少し解った気になってます。
なんか、かわいいですよね。なんか。。。

このサボテン君。三位一体みたいだし。。。
( ´艸`)これが理由なのかな。かわいい。もう愛おしいwww