2019年07月18日

心地良さを考える

今日は心地良さについて考えていました。

この言葉を分解しますと

心と地に分かれます。

( ゚д゚)ハッ! 心地良さとは心と地の二つで出来ている。w

 

 

ですので、心を否定されたとしても

ひょっとしたら心じゃなく地の方を先方は感じてるかもしれないです。

もしそうなら、半分だけ楽になれるかもしれません。

心地悪さを感じた時でも

心は変えれ無くても

心いる場所なんて幾らでも変えれるし

埋め変えて貰う事だってできますしね。

むしろ地のほうこそどうにか出来る可能性を感じます。

心だけのせいにしなくていいです。

 

その際

なにも咲いている心や枯れかけた心を自他の言動で、折ったり傷つける必要は無いと思うのです。

無いといいますか。それは神様でも出来ないし、だれも出来ない事だと感じます。

あ、だけど誘惑はされます。自分でそうする様に

その様な訳で

心だけじゃなくて、自分に合う場所(地)も大切だと思いました。

他の人にも合う場所も

 

 

この地、何の地 気になる地~見た事も無い地ですから

見た事も無い~華が咲くでしょう~♪

という事にも似てると思いました。

例え場所は違っても華はめっちゃ見たいです。♪

 

それから

一つの肉まんも

心にも分けて地にも分けてあげれば

足りないけど、飢え難くなって

何時かは満ち拡がり続ける奇跡や軌跡になるかもしれません。

地はその様な役割を初めから持っていると思います。

 

 

今日まっさんから頂いた写真。
とらさんに言われると
自分が未だ若い心地良さに包まれるのでした。(笑)

 

 

(@^^)/~~~今日もありがとう。あらゆる営みお疲れさまでした。