2019年06月21日

名人とは何なのか47日の謎に迫る

(@^^)/~~~みなさまこんにちは。

名人とは何なのか?
今日は、そんな事を考えてました。
先ずは、こちらの銅製の樋をご覧ください。

これは銀杏面厚み出し鮟鱇(ぎんなんめんあつみだしあんこう)といい、派手ではないのですが多くの職人さんが挑み叶わなかった作品の一つです。

 

左右対称で角を削り、尚且つ厚みを付けて半田による緊結。
言葉にするととても簡単なんですが、左右対称の打ち出し(模様付け)はもとより、いざ、半田付けをする際にどうしても難関のモッコという箇所に熱の負担が掛かり、また、段落ちの銀杏面にも熱負荷が掛かる。

 

結果、捻じれてしまう。

 

少しでも捻じれてしまえば、そこからの半田付けは更に捻じれを呼んでしまい全く商品にならなくなります。

 

だけど、太田三吉さんにはこれが出来る

 

太田三吉さんとは銅樋の需要が未だあった時に名を馳せた同職の親方衆の誰もが認めた名人級の名人の方の名前です。

 

で、今日も三吉さんが遺した銅製の樋を見てたんですね。この樋の美しさと難しさは実際に挑んだ先輩職人の方から伝えて頂きましたので嫌と言う程分かっているつもりです。

 

そして今日、この超難度の問いに少しだけ素人の僕が見つける事が出来たかもしれない?ヒントを先輩職人の方から教えて頂きました。

 

こちらの作品自体の総量は少なく、小さな門の排水を促す位です。ですが、それに掛かった日数が47人工。平たく言えば47日間を費やしたそうです。

 

これが今日僕が頂いたヒントです。47日の長き日数の間、打ち出しという細工もさることながら、三吉さんは何をしていたのか・・・・。

 

おそらくですが、僕は半田付けの熱を逃がす為に47日という時間を費やしていたのではないだろうか?と想像しておりました。一度半田を入れたらそこで止めて熱放射が自然に完了するまで待つ。それをずっと繰り返していたのではないか?その様に考えておりました。

 

もう他界されてしまった方ですので、直接お聞きする事が出来ませんのでそれが正解では無いかもしれません。仮にもしそうなら他の作品も勿論同時進行していたとはいえ名人と呼ばれた方の作品に対する愛情と執念は常軌を逸します。

 

次に何故、銅製の樋に対して愛情と執念を燃やせたのでしょうか?

 

これも僕の想像ですが、三吉さんは技術を盗みに自分の作業場にやって来る多くの若手職人を拒みませんでした。また自慢する事なく自分の作品の制作過程、特に打ち出しの技術はオープンにされていました。

 

何故そうだったのか?

 

もしかしたら時代が変わって銅製の樋の需要が減っていく中であっても、自分が魅せられた、その美しさ、華やかさを伝えて遺したかったから。自分が居た世界が変わって行ってしまう事は承知の上でも伝えたかった。その様な想いがずっと在った。だから、オープンにして尚且つ自慢もしなかった。

 

人間の躓きになる要素は排除しながら、叩かれても腐されてもそこへの関心はとても低く、マネの出来ない作品を遺していく事で後に続く若手職人のモチベーションが下がらない事にも配慮する。

 

自分が出来る事は全てやる。こんな感じじゃ無かったのかな? そう思います。

 

たとえそうで無かったにしましても、僕にこんな想像の拡がりを見せてくれた三吉さんの作品には感謝しか御座いません。
ありがとうございました。
m(__)m

 

左右対称、熱量による結びつき
灯しては消し、また灯す
点が織りなしていく線上
捻じれに対する対処と考察・・。

 

この様な事。。。。。。(´;ω;`)

 

僕も両翼で飛びたいです。
ゆっくり時間を掛けていきます。
愛と執念の熱量は自分の世界の外側に放出しながら。。
がんばります。

m(__)m

 

 

(@^^)/~~~今日もありがとう御座いました。あらゆるお勤めお疲れ様でした。

因みにこちらの鶴の懸魚も三吉さんの作品です。
型を木で彫る彫刻の技術もずば抜けておりました。(^^;)