2019年06月13日

対等と平等

(@^^)/~~~皆様こんにちは

今日は僕なりの対等と平等について書いてみようと思います。

もう随分昔に読んだ記事が離れてくれないのでご紹介します。
シオラレオネ
ダイヤモンドの産地で働く子供は一日中鉱山で働いて
その日の日当はバケツ3杯の土です。
今はどうなのかな?

そのバケツ3杯の土の中にダイヤモンドの欠片が残っていたら
兄弟が飢える事無く過ごせるという話を読みました。
無ければ営めない凄惨な日常です。

ここから
宝石って綺麗ですね。
でも美しくない。
これは僕の感性だからしょうがありません。

でも、この感性は対等でないといけません。
宝石が美しいと魅入る人はそれでいいんです。

人間は対等です。間違いないです。

ですが、平等ではない。

次に、こちらの写真のお父さん

命の危険を顧みず働いています。

このお父さんの一年の給金を僅か一日で稼ぐ人もいる

平等ではない。

ここからね。ここから。

このお父さん

主語は違いますけど、こんな風に言葉を浴びせられる事もあります。

電気屋やろお前、高い所に上るのは当たり前やろ。

このお父さん。言わば僕。
この不平等に憤らずに堪えて進む一つの力はなんだと思いますか

父ちゃん。お帰り。今日もありがとう。
今日僕な、テストでな。。。

まって、うちが先!!
うちな、今日みんなでな。。。


実際僕はこの様な言葉を頂いた事はないです。
恥ずかしながらないです。

だから想像ですけど
想像でもこの言葉が欲しい人も居る。
そこまで傷む日常を送る人も居るんです。

このお父ちゃんが不平等にも堪えて辛抱して明日もその次も
消える事無き灯芯を燃やして行けるのも言葉。
僕は、贈ってくれた言葉だと思います。

それでも家庭も無い
家に帰って来ても誰も居ない人も居る。
家族が居ない人も居る。

僕の先輩職人の方にこの様な方が沢山居てました。
今でも居られるでしょう。

対等も不平等も感じれない人も居る。
もう、どうでもいいと過ごす人も居る。

そんな時でも言葉が要るんです。

ふと、立ち寄った場所で優しい言葉を掛けて貰えた。
あの姉ちゃんの店に行きたいから頑張れる。
あの姉ちゃんは騙しているかもしれない。
それでも、そこで生き返る。
生きる事を見返す事もあると思うんですね。

もちろん
凄惨を極めた生い立ちを一瞬で癒す魔法の言葉なんてない。
言葉通りに歩める人なんて殆どいない

だから、そうであるから諦めないで
小さな言葉を紡いでいくしかないと思ってます。
言葉を指でなぞって懐かしみ、ほんとに泣ける日もきっとある
たぶんだけど
僕が運良く先に逝けたら、娘はこれが出来る。

000やろお前、000なのは当たり前やろ。
娘がこんな言葉を頂いた日に

剥き出しの正義を燃えてもいいから愛で包め
きっとお前はそれ以上の愛で包まれるから

それが
僕にとっては不平等に立ち向かう一つの選択肢。

その栄光は自分も含めてですけど、共に
その人の未来に輝けばいいなと思ってます。

人は対等だけど平等ではないからね。

(@^^)/~~~今日も来てくれてありがとう
一杯言葉を頂いて綴りたいと思います。ヘルシーメルシー

色々形容詞は浮かんだのですけどね。

居てくれる・・・

これかな~なんて

今日感じた言葉です。太線の所っす。(^^;)