2019年05月23日

僕の心は酒場の様な物

僕の心は酒場の様な物で
色々な自分が銘々好き勝手しています。

ずっと朝から晩まで同じ席でブツブツいいながら座っている客もいれば
ずっと悪口や陰口を考えている客もいる
その、横では悪口や陰口を言うなと叱る客もいて
ゲラゲラ笑って談笑してる客もいる
充分聴こえるのに、態々、山上から垂訓を垂れる客もいて

もう、鉄火場みたいなもんです。
でも、みんな居ていい場所
みんな居る酒場

新しい自分が出来たら
古い自分にこう話す

すいません。ちょっとズレてくれませんか?
古い自分はいぶかしげにして動かない

そこで僕はまたこう話す
かなり、綺麗な女性の方で相席を望んでおられるようです。
そこで古い自分は・・
お、おう、そうかと
ちょっとずれる。w

また、灯によっては
今はお金を払えないけど、食べさせてくれないでしょうか?
身なりも悪く、少し汚れている
こんな客も来ます。
往々にして神様はこの様な形を取ります。

そこで僕は良きサマリア人を思い出して
どうぞ、空いている席にお座り下さいと受け入れる
いや、忙しく無い時は出来る時もある w

心の中は酒場の様に鉄火場ですけど
その場を給仕している魂は愛を帯びています。

この魂は心と違い
偏在ではなく、
たとえ小さな場所であっても見渡せて臨在出来る恵をも帯びています
それは小さな場所だからかもしれません。

今はまだとても切り盛りできなくて
小さな酒場かもしれませんけど
そんな日々、そんな灯々が集まれば

それが2号店を出す程の灯になるかもしれないし
それが商店街の灯になるかもしれない
それが街の灯、それが国の灯
それが多くを包み込む灯になるかもしれません。

この様に僕は
認める事と受け入れる事は違うと思っていて
心と魂の役割も違うとも思っております。

また、私は教義や教え、品性を頼り
心を無にしても灯は付かないと思っておりまして

それは蝋燭の芯と蝋の様な関係にも似ていてどちらも必要。
その様に思っています。

(@^^)/~~~今日もお付き合い下さってありがとう御座いました
そしてお疲れ様でした。