2019年02月07日

規格外の強さ

(@^^)/皆様こんにちは

2/2の子猫の日にやって来ましたニャンコの名前が決まりました
\(^o^)/

圧倒的、徹底的に僕の提案は通らずw

やはり、ここは専門家の彼女らの想いが優先されます。

子猫の名はコタちゃんです。

コタツネコから取って来たのかな?
閃きらしく良く解りませんが、何となく温かくていい名前ですね。

このコタちゃん
只今療養中ではありますが、人を恐れません。
近づくと、めっちゃなつき声を張り上げます。。

そんな声張り上げて。。。
アホやなぁ。なんかしらんけど。人間信じてるんやなぁ。。
ほかされて、菌が廻って、顔の毛抜けて、ズタズタやのになぁ。。
少しの間
ジンジンしてましたら旧約聖書の一文がやってきます。

こんな一文です。

(望み得ない時に貴方は信じたその信仰が義とされた)

強い言葉やね。この言葉はほんまに強い。

先ず最初にね
望み得ない時に神は人を信じたんやね。
望み得ない時に人は神を信じたんやね。
この言葉は相愛で視なあかんと僕は思ってます。

そうでないと
手に持ち過ぎても覆いが掛かるし
足りなさ過ぎても覆いが掛かる。
内面にある手足のバランスがとても難しくなります。

人はそんな弱さも持ち合わせているけど
(望み得ない時に信じる力)
こんな規格外の強さも人は同時に内包しています。

それでも尚、その強さに縛られない様に
それが何時とか誰とかはそれこそ永遠に置いときまして

自分が存在出来る時間の中にありましては
人は人で在り。
善悪を投影する機械ではないし、媒体でもないんやと。
義は誰にでも備わっているんやと。
この様に信じております。

その様な訳で御座いまして
2/2の出来事が2/7に繋がりました。
ですから
僕は、それが何時とか誰とかはそれこそ永遠に置いとかなあかん僕の命題の様に尚感じています。

コタちゃんを視ててそんな事を改めて
一文を絡めながら学び取っておりました。

(@^^)/今日もありがとう御座います。
皆様に良い事が溢れます様に