2019年02月01日

今日僕は救われた

(私への手紙)

白鳥も闇の中では黒く視えてしまいます。
こんな悲しい事はありません。
自分に合う明るい場所や
見渡せる場所は
必ず備えられています

その場所は
人であったり、信心であったり
被造物であったり、創造物であったり
皆々違って。画一化が在っても置かない事は希望の礎でもあります。
ですから各々の場所から白鳥の群れが見出せるので御座います。
見た事も無い群れの飛翔。
楕円、真円、推等で御座います。

しかしながら例えそうでありながらも
それぞれの場所からの主義主張
時に意に添わない主張であり
時に大胆を過ぎる様な熱量でありましても
必要な点である事に想いを馳せ瞼を閉じなさい。

何故なら
点は線の結晶でもありますし
その主張を受け入れて下さった方の
溢れんばかりの寛容と忍耐と愛
また、互いの自由への労りと期待への持続
それらが己の主義主張を遥かに凌駕している事
これを感じ、また、学び取る事が出来るからです。
ですからここで己の主張のみに酔う事は避けなさい
もろ刃には見合った鞘を作りなさい

これによりますれば
闇の支配に身を置かずとも
傲慢や慢心を退ける事が意図も安らかに履行する事適うからです。
永遠の不自由は主義主張のみ成る半眼が作っている幻影で御座います。

独自であろうと模写であろうと
成功・不成功の可視範囲にある誘惑
その様な事より
大窓・小窓それぞれに持ち得た窓を出来る範囲で開きなさい
風通し良く営みなさい
風に涙の渇きを委ねなさい

いいですか
両目を用いなさい
愛しなさい
愛し合いなさい
それ以上の真価はこの世界にはありません。

それがスタートです。
それでも尚、いいですか
ゴールからスタートを見てはいけません。

何時いかなる時でありましても
スタートからゴールの可能性を見出すのです。
それが愛です。

常に受け入れて下さった方の寛容に敬意を捧げ、頭を垂れます。
受け入れて下さらなかった方にも
棘を生身で抜き、我が鮮血を持って深紅の薔薇に染め
たった一輪でありましてもお届けする所存で御座います。

 

(@^^)/皆様何時もありがとう御座います。

上の様な事を偶に僕は自分で文章にして
自分の導にしています。

今の自分が上の文章に見合ってなくてもいいと思うんです。
思い切り背伸びして僕は生きます。
傷みがあるからこそ骨が伸び、眼を切り開くからこそ視界も増す。
その様に思うからです。
ですから、僕は順番はあまり気にしてません。

目標がある事に戸板を立てられたりする事も在っていい。
それももう大丈夫です。
その戸板を用いて守れる自我もあると思うからです。
そこを眼差します。

さて、
今日僕は、救われました。
嬉しくて、嬉しくて、実はめっちゃ調子に乗ってます。(笑)

 

え~っとですね。
僕が今頂いている愛が繋がって行ったのです。
この様な御言葉を頂きました。

これで親孝行が出来ました。木下さんありがとう)

解かり難いかもしれませんが。

僕は何年も何年もココを待ち望んでいたのかもしれません。
と言いますのは、頂けるまで気が付かなかったからです。

愛が愛の役に立つ瞬間

闇が手を出す事ができない領域。
これを体験出来たのです。

この感覚。。この連鎖。。
絶対に手放しません。(^^;)

こんな鎖ならいくらでも捲かれて居たい。
これを眼差し、目指します。
 

(@^^)/~~~今日も見てくれてありがとう御座いました。