2018年12月23日

天命と使命

目に見える事と目に見えない事は沢山あります。
今日もそんな事を綴ってみようと思います。

今日は天皇陛下の誕生日です。
ニュースで流れてきた記者会見の一文で
(引き続きその在り方を求めながら)と発し
大勢の前で泪を溜めていらしたそうです。
この一文に私は感銘を受けました。
是非私もそう在りたいと願う所で御座います。
慢心する事無く在り方を求めていたい物であります。

使命はそれぞれ生まれた時から添えられていると申しましても
それを選択する自由が多くの方には同時に与えられています。

しかしながら
陛下やその他の国々、また広くは一国民に及ぶまで
選択の自由が誕生の折から与えられていない方も数多くおられます。
これを権威とし、または縁遠い物として遠ざけるのか?
または、これを天命として捉え、慈しみと敬意を持って迎えるのか?
ここもまた自分の在り様を練磨する課題であると考えれます。

これは想像ですが
陛下も道の途中でご自身が切に望んだ事も沢山お持ちになったのでは?
しかしながら天命に添う事によって
多くの方々の励ましになる事を覚悟されたのでしょうか?
その様な心情に想い馳せますと今の私には描ける言葉がありません。
ただ、胸、揺れ動くのみで御座います。
言わば、己の信念を貫く道の方が易いからで御座います。

天命とは時に残酷で、これは陛下・法王のみならず
幼子の光見る事も無き別れ、幾多の災害や戦争による英断と犠牲・出産時の母の自己犠牲等、数え切れぬ程、多岐に渡り及んでおります。
私が敬愛して止まないキリストも誕生と同時に天命を負われた方でありました。

天命と使命
その重さを秤にかける事は闇を生み出しますから私は致しませんが
己の使命を全うするとはどういう事なのか
何度もその在り方を吟味する事が大切であると想い馳せる日となりました。

以下

天命を負う事で使命が果たされるのでしょうか
使命を果たす事で天命を負う事が出来るのでしょうか

何れにいたしましても
私に於きましては
ここは秤に乗らない命と約束が輝き増す事に変わりはないと思っております。
その輝きは大きくとも遠く、遠くとも大きく、その様な希望として捉えております。
約束無き希望は持ちたくとも持てないからです。

もうすぐクリスマス
この国では
クリスマスはサンタさんがプレゼントを持って来てくれる日という認識が定着しています。
私はそれでいいと思っています。

願わくばその様な意味付けに拘る事よりも
沢山の恵と祝福がこの日、この時以外でも多くの場所に訪れます様に祈りたい
何時までもその様な在り方を求め続けたいと思っております。

(*´Д`)<メリークリスマス💛