2018年11月27日

その顔見たくて俺はボロボロになる

僕が未だ若い頃。。
と言っても3歳位の頃のお話です。

両親共、共働きでしたので
ある富豪の元へと家政婦として従事する祖母に連れられておりました。

日中はその家の庭先で銀杏を何故か拾っては
くせぇ~。くせぇ~と連呼して遊んでおりました。(笑)

ある日の事、棚にあるミロという飲み物を発見しました。
僕はそれが飲みたくて、祖母に尋ねましたら

ここは、お世話になっている場所だから我慢しなさいと言われました。
その時、正直申し上げまして
俺はお世話してなんて一言も言ってぇ~(笑)
その様に感じました。

でも。。
それはとても卑しい事なんだね。
そうか、そういう事なんだねと諦めて
聞き分けました。
聞き分ける事が出来ると、祖母が笑う顔を見れるのがミロより好きだったからです。
その反面、権威には馴染めなくなるというおまけも付きました(笑)

それから、僕の舞台は保育園へと
ここでの暮らしのある一幕
親に作って貰ったお弁当を水の入っていないプールで頂くという催しで
皆、銘々お弁当の紐をといて行く中で
隣人がお弁当の紐が固結び故に、紐解けず困惑しておられました。
そこで、僕がその紐を解いてあげますと
(*´Д`)。。そりゃ~もう。いい笑顔を放つ姿を頂く事が出来ました。

このあたりの記憶が僕の始点となって
それから、他界された方含め、あらゆる親孝行らしい?(笑)
その様な事に従事して来ました。

僕の素の性分は人が笑顔を見せてくれる時
幸せを感じる事が出来るからです。

ほんのりとします。

これね
自慢でも虚栄でもなんでもなくて
素の性分なんですね。
自分でどうする事も出来ない素の部分なんです。

ですから、誰でもこの素の部分
自分ではどうしようも無い部分がありますから
それが長い営みの中で何かに覆いを被されているとしたならば
その素の部分を見失わないで大切にして欲しいと
自他共、込めてお祈りしています。

それからね
素直って
貴方は素直だねという言葉は要らないと思います。
そこは、言葉が形創る領域じゃないんだね。
素直は自分だけの物で、人の主観の評価対象外だと思う。
もっとこう、別の感じ方でいいんだと思う。

(ありがとう)がやっぱり対等でいいかな。
口に出さなくてもね。
あ、出してるね。(笑)

だから、素直になれよっ!!
こんな乱暴で仮面を被った言葉は
御説明するまでも無く
聞かなくていいよ。
いや、聴いてもいいけど(笑)

また

素の部分は贈り物。神様からの贈り物。
一人一人に贈られた大切な物。
これを誰かに届ける時に
人の生業の時に使う、包装紙、その他で包まなくてもいい。
言わば、見栄や虚栄で包まなくていい。
怖がらないでいい。

それでも、剥き出していると風雨に当たるし、傷も付く。
でも、その傷は
見栄や虚栄心
外側の包装紙が傷ついているだけだから
やはり気にしなくていい。

素の部分は贈り物。神様からの贈り物
一人一人に贈られた大切な物
この部分は、一片の傷が付く事はありません。

そんな感じで、詩のご紹介(^^;)

THE・MODSという方々が作った詩があります。
こんな詩
(その顔見たくて俺はボロボロになる)

僕は、この一節が好きです

作り手の方の意思とは少し違うと思いますけど

蜂が飛んで来て刺し傷を残す様な事象であっても
幾ら包み直して、固く結わえた包装紙でも
ボロボロになる事を教えてくれたからです。(笑)

直ぐにボロボロになるのなら
もう纏わなくていいよね。
素の自分。素直な自分だけが笑顔を創り見る事が出来るよね。

蜂が飛んで来て、くすぐったくても
暴れなければ刺されやし無いし
蜂の顔をゆっくりと眺め見る事も出来ますし
風雨の当たりも程よく気持ちが良い物と捉えれる。
(^^;)

そんな風に思います。

傷、そうです傷負い。

癒されてもまたボロつくなら
癒されても、ミロの様に何度も欲す卑しい物なら
脱げ!と自分に言い聞かせてます。。。
正に自分との裸の付き合い。
ここはほんとに自分に問いかけてます。

あ、でも
ここまでの文章は、自分との付き合いですから

あたりまえだけど、人付き合いは無理やりじゃだめです(笑)
外側の癒しも必要で御座います。
ここは、何度も何度も練達が必要です。

(。´・ω・)?何故なら

(*´Д`)包装紙にも見栄や虚栄心だけではなくて
その人が愛でる、愛おしい哀が長年染み込んだ味が隠れているからですね。
それが在るという認識が大切で、
それが何か?を自分の為に探さなくてもいい。

故、人様のこれを簡単には破りたくありません。
というか破れないけど。(笑)

そして僕は・・やっぱり
↓ が好き。何度も何度も全身を顔の様に強めたいのです。(笑)

(。´・ω・)<それじゃ~また💛