2018年10月11日

持ち寄るという事を考えてみました。

打てば響く あ~なんてここち良い響きでしょう。

まるで 人の世は 太鼓のやうだ 

太鼓の皮の様に 張っちゃおうかなぁ

今日も 覇気をきちゃおっかなぁ

張り切っちゃおう!!

そんな日もあります。ちょっと期待したりして

が!

んが!!

折角張り切った所を叩いてくれず

時に自分が期待した所を叩いてくれない時もあります。

(´Д`)ハァ… あ。そこ叩くんだ。。みたいな。

しかしながら

これは、あきらかに 圧倒的に!

あたくしの準備不足といえますでしょう

太鼓と言えば 張ってる皮だけ叩くルールはなくて
何処を叩いても良いのであります。

た、たぶん ボタンとかも叩いていいはず。

太鼓の目的とは

その目的とは!

めろでぃ~を奏でる事であります。淵とかどてっ腹とか叩いてくれてもね!
そうすると、太鼓係は何時も傷だらけでもあります。(笑)

ここで密かに叩かれている動画を観てみましょう。
低評価しかない面白動画、正確には叩かれてないけどね。
もうどうしようもない動画であります。

( ゚Д゚)ハァ?・・きっとなんだこれ?と思われた事でしょう

この動画を上げている方を擁護するならば
これはセミの群れの鳴き声を真似てるんだと思います。

群れですよ!群れ!!一匹じゃありません!!
でも、見てくれてありがとう(笑)

何処を叩いて頂いても 私が大事な事はメロディ~を奏でる事だと思っています。
太鼓のメロディーの様に、セミの群れの鳴き声の様に。

その様なメロディーを頂ける事って素敵ですね
耳の役割は本当にデカい
私も頂いたからあげる。好きに使ってね。これもいい。

その中で営んでいますと
近しい方々との交わりに於きまして
持ち寄るという考え方に気付く事にも繋がります。

それをこの様に証します。

2匹の魚と5つのパンを持ち寄って12の籠に余る程に皆々満たされた
一つの音を持ち寄ってメロディーに成り
一つの外灯では暗いが持ち寄った外灯は夜の街全体を照らす
一滴の水は直ぐに乾くが持ち寄った水滴は海を成す
プールしかり温泉しかり。。。
一つの価値観を持ち寄れば、それはまるでテーマパークの様だ
テーマパークは価値観を開放させる。
どんな乗り物に乗っても乗らなくてもいい。
稼働中でも整備中でも故障中でもなんでもいい。
園に居るのなら乗り物の比較をしたりしなくてもいい。
もしするとしても笑顔が共にある。

ここで大事なのは何を持ち寄っても良いよねという事でありまして
癒着した想いでも、その人の今でも、何でも
それらから成るという事は、私にとっては
とても広くてデカくて追いつけなくて嬉しい物なのです。
それぞれ・・・で分けると
ちょっと寂しいしやっぱり価値観の居場所が要ると思うから。

ホントにもう良し悪しに付け、我が器では足りない程で
まるで蛍を手に取れば、その輝きは止むが如く。。
足りない事ばかり。
だから妄想したり想像したりするんですね。

その様な訳で
私の想いを一度破り貫いて、その背中越し
その向こう側で笑って視てくれてる方がいると信じております。
(^^;)

また、愛が無いならやかましいドラの音
この言葉の通り
今、叩く方に愛がないからと言ってやかましいドラの音を出すか
メロディーと成すかは誰でもない、私に委ねられています。

叩いたその手を気遣う音も自分は出せるんだ!と信じて病みません。
あ、止みません。(笑)
今は唯のポコッ位の小さな音でもです。

極々単純に、何で叩くの?これが原因かしら?
感情より先立って立つ音が愛の始まりとも思い
ここから持ち寄ればまたメロディーになると思っています。

そんな自由の扉を私は叩きたい
結局、叩いている側でもありますね。

星が見えない夜はたぶん星は想像して欲しいんだろうな
そんな事を考えている夜でした。
(^^;)
それではお休みなさいませ。