2018年07月25日

傲慢とプライド

貴方を主イエスの愛で心込めて愛します。
貴方の中に主の姿が映し出されているから。

これは、讃美歌の一部です。
神様から愛されているのは特別な意識を持つ人ばかりでなく
人から貰った怒りと憤怒で神様を否定し酷評する貴方もそうなのですよ。
この様な意味が込められています。
何人たりとも愛から漏らさない意志の強さを歌っています。

人が創り出せない土台となる、空の恵み、土の恵み、海の恵み
これらを享受していても
やはり、人から貰った怒りと憤怒や否定で塗り替えられる日々が多く続くかもしれません。

その様な営みの中で大事なのはその負の感情がどこから来たのか?です。
神からですか、人からですか。
もっと厳密に言いますと
神からですか、誘惑に負けた人からですか
この様になります。

もし、神から来たのなら、脱出の道も必ずあります。
もし、誘惑に負けた人から来た物なら
何も貴方まで吊られて一緒に負ける必要はないでしょう。
だって貴方はその戦いに参加してないし。どうしようもないし。
僕だってそうだし。

もし、誘惑に負けた自分から出た物なら、苦楽をずっと共にしてくれ、自分1人ではなくて、もう他界されている方々と共に作って来た場合もある大切な自分のプライドや誇りや尊厳を守る為、それらが傷ついてしまわない様に、先方に過度の期待をせずしっかり謝罪すればいいと思います。

傲慢が大切な自分のプライドや誇りや尊厳を傷つけてしまう前にです。
ですから僕は、プライドや誇りや尊厳は自分1人だけの物じゃないと思っていますので、おおいにデカくしても良いと思ってます。

けど、自分の中の傲慢は単体の癖にアホの一つ覚えみたいに何時でもヤル気マンマンで何時までも通用すると思ってるアホです。
(^^;)

でもね
実はこれ、信仰者の方でもその意識を保つ事がとても難しいのです。
言い方悪いですけどね。教義を煌びやかに纏ってるだけの方も沢山います。
神も人も見ないで自分しか視てないからです。
ですから、少しでも自分の信奉する神を侮辱されたら直ぐ怒ります。
あ、これは俺か(笑)
いや、今はもうちょっとまし。たぶん(笑)💛
でもそれら含めて、それぞれ道の途中ですからそこに、そこまで失望しなくて大丈夫なんですね。

失望もまた誘惑に負ける事になるからです。
だんだんとこの人の中には希望が無い。
いや、こっちならある。
あれ、こっちかな?
これを繰り返すと視野がドンドン狭く成って行きます。
これこそ傲慢と誘惑の思う壺のドツボでたん壺。

なので、愛するとは猛烈な誘惑の中に生を見出す戦いでもあります。

その様な訳でして
元も子も無いお話しになってしまいますが
神様を信じても都合のいい事なんかありません。笑
金銭的な御利益もありません。(^^;)

ただ
僕は君なんだし君は僕なんだよ。
これは長渕剛さんが作った詩ですけど
冒頭の讃美歌と出所は同じ愛です。

美しいからそれでいいんです。
自分で美しい物を隠れた場所から見出せるから
その時間は長い方がいいから
それでいいんです。(^^;)

出来なくてもいい。何時も一歩目でもいい。
あ、僕も明日は一歩目です。
(^^;)

もし良かったら。聴いてみて下さいませ。

僕達の引っ越しもうすぐ終わる。笑