2017年12月21日

大塩平八郎の乱の時に出来た瓦

以前ご紹介させて頂きましたこちらの瓦。
刻印の写真も撮って来ました。

天保八丁(丁は西暦の7を表すのだそうです。)
天保8年の酉年の二月
1837年の二月に
吹田村瓦師(今で言う鬼師)の
武内和流と言う方が細工しましたよ。という刻印ですね。

もっと調べてみましたら

天保8年2月は大塩平八朗の乱があった月でした。
この方は天保の飢饉で苦しむ民を想って役人でありながら反乱を起こした方です。

実は、私子供の頃歴史の時間に習ったこの方の名前を憶えていまして
ごっちゃになっていましたが、石川啄木の歌
(働けど、働けど、我が暮らし楽にならず、じっと手を見る)
この歌とセットで覚えておりました。
今日までこの歌は大塩平八郎さんが歌った物と思っておりました。

この瓦の御かげで間違いに気付く事になりました。笑

大塩平八郎さんみたいに人を想って決起するって中々出来ない事です。
特に自分の生活が安泰していたら尚更ですし、この方たぶん死ぬの覚悟してたでしょうし。

まぁ、けど大塩平八郎の乱との御縁は大切にさせて頂きます。
(同じ大阪でこの方は天満出身なんで親近感沸きますしね。)
<(_ _)>

これから先、天保8年二月(1837年)は忘れる事はないでしょう。
あ、あと歌の誤解も。

(^^;)