2017年10月14日

属性について考えていました。

皆様何時もありがとう御座います。<(_ _)>

本日、大阪は雨天にて現場作業はお休みです。

ぼんやりとですが、私は異端者だなぁ~っと考えておりました。

何故異端が生まれるのかも考えてみましたけど、やっぱり原理が先にねじ曲がっていったからなんじゃないの?とも。

もっと言及していくと原理の上に権威が乗っかって理念が捻じ曲がっていったから異端が生まれたのではないの?それを自ら言及せず戦いもせずに権威を守る事のみに始終したから異端が生まれたんじゃないのかな。そんな風にぼんやり考えておりました。

まぁ・・。たった1人しかいない私が異端者というのもおかしな話ですけどね。

力及ばずとも捻じ曲がった所から生まれたにせよ、何とかして元の位置に戻って欲しという願いは正道をたゆまなく歩む方と同じであります。これに相違は御座いません。

私の戦いは、幾多の宗教・哲学・思想・心理・八百万の神を長年持ってしてでも明確な勝利を得る事が出来なかった闇との戦いである事にも相違は御座いません。

ですから、我こそ、いや我々こそ!とやっているうちは混沌を一滴でも拭うことすら適わず、その間に闇に飲まれてしまう方々が加速度的に増えて行くのを見てみぬ振りだけはしたくありません。

 

そこで、私の属性、役割は?と振り返ります。随分昔から心に残っている情景をスライドの様に並べてみますと。

(兵士)・・。

これがシックリ馴染みます。

実際は肉体労働者なんですけど、内にいる私は兵士です。駅長に成りたかったけど、どうもちょっと合いませんでした。昔、按手を頂いた方の様にはなれませんでした。(笑)

これに従事しても、おそらく私が命を預かっている間は明確な勝利を見る事は無いと思います。1人でどうにかなる問題でもありませんしね。

ですが、以前海際で見ていたテトラポットの様に、これ以上は通さないという明確な意思が連り宿っており、攻撃はせぬものの後ろにいる家族や大切な方々や以前に心内に受容した多属性の方が暮らす街を守る事に徹する事は出来ると思っています。

いや、守るは言い過ぎですね、見守る事は出来ると思います。

余談ですがテトラポット美しいです。

人を自分の様に愛するという道は平坦ではありませんね。時に傷つき、もうやめよう、もう諦めようとする時もあります。

人を自分の様に愛するという道は、自分の心を割かねばなりませんね。もう閉じよう、もう止めようと思う時もあります。

それに、その時は、思った程の見返りもありません。我慢と忍耐と練達だけの苦しい時期もあります。

でも、この過程があるから、花の本当の美しさを人や愛する家族は生きている間だけでも時間差で垣間見る事が出来るのです。

時間差も大事です。

これが無いと、光が無いと、誰も花を見る事が出来ません。

闇は確実に視力を奪います。それも自分だけではなく、もろとも奪おうとしてきます。

今、私が光の内に花を捉える視力が残っているという事は、誰かが先に闇と戦って残して下さっていたからです。

これも時間差です。

突然降って沸いた事ではないのですね。

そういう事ですので、やるしかないのです。イエ~イ(笑)

最後ちょっと不謹慎かもしれませんが、守る戦いは私は嫌いではありません。

ただ、闇を刺しても後ろにいる人を同時に刺してしまう時もありますから、武具は要らないとも思っています。

(^^)

 

私は兵士とか嫌いです。

 

無理に好きにならなくてもいいし、途中で好きになってもいいよ。

感情論はもういいんだ。明日になれば無い様な感情に干渉されたらだめだよ(^^)

 

感情と干渉・・。イエ~イ(笑)

 

さ~私は私の役目に戻りますね。今回もお付き合い頂きましてありがとう御座いました。

<(_ _)>