2017年10月12日

許すという事

先のブログで3つで一つという記事を書きました。

人間は体と心と霊性の3つで構成されているという事を説明致しました。

反響は全くありませんでした。むしろドン引き(笑)

それでも懲りずに

今回はその延長線上の記事となります。

許すということ

これは許すという動詞と忘れるという動詞の二つが関与しています。

今回は忘れるは無視して、許すに焦点を当ててみたいと思います。

 

昔、お子様を無くした方とお会いしました。その方は私の身を心から心配して下さってどうか死なないでと御言葉を掛けて頂きました。その時は深く捉えていなかったお言葉も、後にお子様を無くされた事を打ち明けられた時、真意が解りましたものの、私はどうしていいか解らず、ただただ、じっとしている事しか出来ませんでした。私の霊性がじっとしていろと心に命じたからだと思います。ここは上手く私の霊性が働いて、一切言葉は発さずその方の涙ぐむ姿の傍らにいるだけで良かったと今でも思っております。

 

また、逆に私が仲間を失って失意のどん底に居る時、まだ1週間も経たない内に、(どう?もう立ち直った?)この様なお言葉を頂きました。思いもしないこの様な言葉に仰天すると共に、怒りが沸き上がりました。しかしながらこの方には悪意はありません。むしろこの方なりの慰め方だったのだと思っています。ただ、この方の霊性が心の内に働いていなかった。この様に捉えますと、長く引きずられなくとも、忘却に頼らなくても、許す事が出来ると今は思っています。

 

※何をしているのか自分では解らないのです※

まさにこの言葉が当てはまります。この言葉は今も生きて私には働いてくれています。上から物を言っていないという事だけは理解してくださいね。

 

何をしているのか教えてくれるのは、その人その人が、紡いできた霊性です。

誰もが3つで構成されている訳では無く、3つ目の霊性が薄い方もおられますから、許すという行為の時間短縮を心の目に捉える事が出来ると信じています。

常に準備して許すまでの時間は短い方が良い。と、私は思っています。

霊性が自分にあるからといって、人様も同じようにあると思ってはしんどくなります。

その様な訳で、どの様な社会的地位におられる方でも私は等しく捉えます。

 

逆も当然御座いますから・・。(笑)

私はがんばり続けます!!

最後に、私の経験上のお話ですが、幾ら頑張ってみても、人に敵意が満ち溢れ、欺く事しかしない方もおられました。この様な場合は裁かずに柔和に離れても良いと思います。因みに私は20年以上頑張った経験があります。(笑)

貴方の傷はそれ以上深くなってはいけませんし、その方の霊性の回帰は貴方の役目では無いかもしれませんからね。悲しいけれど、そいう時もあります。(^^)