2017年09月23日

十字架の接点を考えてみました。

皆様何時もありがとう御座います。<(_ _)>

本日は、いきなり、詩から行きます。

ここは、私の自由帳ですので書きたい事を書くのです。(笑)

 

(包まれる)

航路にて色んな物や事が雲の様に貴方にも私にも覆い被さってくるでしょう。

でもね、その雲を包んでいるのは、紺碧の青と夜星です。

それはとても大きく美しい。

人の始点が母の胎に包まれての始まりなら

人の終点もやはり包まれたり、包んだりする事なのかもしれません。

きっと始点と終点は同じなのかもしれません。

 

 

という訳で、包んだり、包まれたりするにはどうすればよいのか。

皆様御馴染みの十字架で説明してみようと思います。(^^)

 

 

横の軸が人。(貴方であり私であるとするならば)

縦の軸は、権威であったり、現在・過去・未来の時間軸であったりと例える事が出来ます。

それはいいとして、

よ~く見てみると

縦軸と横軸の接点だけは

右も左も無く

また、上も下もありません。

これが現在です。

ここで初めて包まれるという事象に気付く事が出来ます。

これは既に誰もが持っている事で、新たに探さなくてもいい事象でもあります。

 

例えば、家族との接点

友人との接点

知らない人、これから出会う人との接点

あらゆる権威との接点

 

あらゆる接点は、右も左も上下もありません。

接点であるならという条件は勿論ございますけどね。(^^;)

 

抽象的であれなんですが、

私は、あらゆる人が線上の何処にいても問題ではありません。

 

 

そうでは無くて、本日御提案致したい事は、

既に包まれているから頑張るのか

頑張るから包まれるのか

どれだけ身近な人や家族や事象が貴方に先んじて貴方や私を包んで来たのか

この心の流れを意識して頂きたい事と、

 

例え小さくてもいいので

上下も左右も無い接点を大事にして頂きたいと願っている事で御座います。

包んだり、包まれたりする大きさは

大きくても、小さくて良いのです。

視力の方がもっと、もっと大切で御座います。

(^^)