2017年08月31日

洗濯機のセールスします。

皆様何時もありがとうございます<(_ _)>

タイトルは洗濯機のセールスですが、最後まで読んで頂けましたら有難く思います。

(^^)

本日は、以前に書いた記事を考察しておりました。自分で書いた記事をもう一度考察し直しますと、また新たな発見があったりします。

以前の記事は↓です。この記事では川の流れは2通り実際にあると記述致しました。

またしてもカッパの夢を見る 笑

本日の記事は私自身の手前勝手な考察でもありますので、全ての方にあてはまりませんのでご了承下さい。

 

私の心の流れは、川の流れ方と似ていて上流から下流へ、これが見えている部分。

下流から上流へ。これが見えない部分と例える事が出来ます。

普段無意識に自分が見ている心の流れは、上下の流れでこの流れの源流を司っているのは、今まで自分が人生の歩みの中で発生した様々な経験による感情や思いであります。

この上下の流れは、誰しも尊重されるはずなのですが往々にしてそう上手く流れてくれない場合があります。

時に、

置き石をされたり、ゴミを投げ込まれたり、堰き止められたり

その体験が、また源流に伝わって水量を増やしたり、川幅を広げようとしたり、魚釣り・キャンプ禁止の立札を立てたりしてもがいたりも致します。

そうして齢と共に川幅も水量も水深も増してはいきますが、もしそれだけに注視し続けるのなら、下流から上流への流れを私は、重視する事が出来ないかもしれません。

下流から上流へと流れる流れは、経験による感情や思いに抗おうとする愛のある想い。本質的に持っている心の流れに逆らおうとする力。この様に例える事が出来ます。

また、2通りある川の流れを分離する事は出来ません。

二つで一つで御座います。

ですが、私が見て来た愛のある方々に共通する特徴は、経験による感情や思いだけ、それだけで生きていないという事です。

何を発するにしても下流から上流へと流れる愛ある想いから発して生きております。むしろこちらが主であり、本流でもあります。同じ様にみえますが、全く違います。水温も流量も水深も水音も透明度も全く違います。自尊心や執着心より愛を選んでいるからです。

(※偶に仕事で出会う方で普通にこの様な生き方を天然でされている方がおられます。)

これは、私も是非とも宿したい学びで御座います。

具体的には、

上流から下流へと流れる流れ。経験による感情や思いは発生して流れていてくれても良いのですけど、もう何時までもそれだけに固執し、始終して終わりたくありません。

愛のある流れはこの流れに生まれてくれないのは充分身をもって承知しているからです。この先どの様な体験を頂いても生まれません。絶対私には無理で御座います。

理由は簡単。途絶える事があったからです。愛する対象物がなんでありましても、途絶える様な愛は感情であり愛ではありません。しかし物事には全て順序がありますから無駄では無かった事も承知しております。

その様な訳で、人様もそうですけど特に我が妻子に自分の経験と感情と思いだけで寄り添う事は非常に脆弱であると私は判断しております。

頑なな自尊心・執着心を捨てるには、下流から上流へと流れる身近な人への愛が私には必要だと思っております。また、その結果に執着したり、またしても自尊心が住みつかない様に、過程こそ大事。といいますか結果より過程の方が多大な命の時間を使っておりますので、明確に優先順位は間違えない様にしたいと思います。

 

 

上流から下流への心の流れはままにして

下流から上流への心の流れが強い人の流れはやがて、流々と、

大きな渦巻となって、引き込まれていく方が私の様に沢山発生して行くと思います。

 

それって・・溺れ死んでしまうって事でしょうか?

 

大丈夫です。死にません。乾いた心も汚れた心も綺麗に洗濯され一新されます。

 

洗濯機や、洗濯機のセールスやったんや!

 

一家に一台でも二台でも。ハンコはココ↓です。

 

(リボルバー払いで)(肉球)っと!連帯保証人はおっさんにして頂いてっと。

 

(^^;)・・・。