2017年07月11日

思いと想い(感じを捏造して遊ぼう!のコーナー)

本日は、思いと想い。

似たような解釈の感じを漢字から汲み取って、無理やり捏造して遊ぼうのコーナーです。

(^^)

無理やり遊んで頂くコーナーでありますけど、思いっ切り私の主観でありますから、責任は取りません。(笑)

 

それではお気楽に先ずは思いから紐解きます。

 

思いはココロの上に田んぼが乗っかっております。

この漢字の意味する所は、誰のココロにも常に捲くべき種を持っていて、とにかく自分の為でもいいですし、自分含めた愛すべき方々の為でもいいですから、先ずは持っている種を捲いてみませんか?

この様な感じで出来た漢字であります。(あ、捏造ですのでね、よろしくね 笑)

常日頃見る田んぼはとても美しいのでありますが、そこに至る迄には大きな石をどかしたり、邪魔な根っこを引き抜いたり壮絶な開墾作業の末、佇んでいる事を思い出す事が出来ます。

心の田も全く同じで、種を捲くにも先ずは開墾作業が必要で御座います。実りを得るがために必要な作業は何か?捨てるべきものは何か?常に精査を繰り返して参ります。

でも、この作業は余りにも過酷でありますから、

自分が食べる量だけ開墾するのも全然あり、いやいや、私はより多くの方に出来た実りをほおばって頂きたいので、ずっとしんどいけど開墾作業と種捲きはしていきたいと思う方もあり。

 

自分だけの方は、ゴメンなさい思いはここでおわり。お疲れ様でした。しんどかったでしょう。ほんと。

 

いやいや、例え苦しくても皆にも出来た実りをほおばって欲しい。。 やん。

この様な人は、次に徐々にですけど、本当に時間差・個人差はありますでしょうけど想いが生まれます。

想いという漢字を分解しますと

ココロの目が大木の様に育つと捏造出来ます。

 

何故ココロの目が、感じ取り労わる目が、自分の事より先に他を感じ取ってしまう目が、

大木に育たなければならないのでしょうか?

 

それは、今まで自分だけでは無くて、皆にも出来た実りをほおばって欲しいという思いを。

今まで壮絶な労苦をもって必要以上に耕して実って来たココロの田んぼを

想いが育てた大木の頂上から見下ろして、

自分の田でありましても、他の人の田でありましても、

 

眼下一面に広がる。例えようもない程の美しい足跡を、その全景を捉えて、震える事が出来るからです。

また、感じ取る事ができるからです。

 

思いと想い

これを足すと

思想という言葉になります。

この思想を愛し、ほとりに家を、居を構えた方々を

思想家といいます。

かっこいいです。まじで。

 

私は、残念ながら、思想家じゃありません。

前は原理主義者でした。(※まぁ・・。言わんでもええけど 笑)

そして、今は

ココロの駅の駅長です。(笑)

 

(`・ω・´)ゞ毎日お暑う御座いますね。休み休みお勤め下さいませ。