2016年06月07日

合理化を嫌う

雨曜日
本日、大阪は雨模様です。梅雨に入っております。

現場作業は、出来ませんのでお休みです。

な~にも考えずに体を休めようとしてたのですが、やっぱりそうもいかず・・。

合理化について考えておりました。
例えば昔のお正月は店が閉まりますので、買い出しに付いて行ってワクワクしたものです。
街が休んでいる状態。
時間が止まっているみたいで凄く好きでした。

今の子供はこれが体験できないので、少しかわいそうだと思います。
ダラダラと区切りの無い時間が続きますので、一年がずっと同じ色なのかもしれませんね。

現在は、業種問わず、大資本が合理化を押し進めますので商店街や個人商店は、影をひそめます。
使い捨ての時代、人間も使い捨ての時代。

全くワクワクしませんね。

今日は父ちゃん給料日やから、お前ら好きなもの食え!
父ちゃんかっこ良い!が、もうセピア色の過去です。

合理化してはいけない所まで手を伸ばすから本来摩擦しなくて良い箇所まで熱を帯びます。

合理化された心 VS 合理化された心

しょうもない民事裁判に発展とか
モンスターペアレント VS 学校の先生とか
平気で誤診して眠れるのは合理性に首元まで毒されても全く気付かない犠牲者だからでしょうか。
これには合理化を進めた大資本も手こずるでしょう。

合理化の波に飲まれてしまった方でも、本来心地良かった所まで戻るお手伝いができたら。
これも小さな理念として機能し、人の心に置いて行けます。

皆人生でどの辺りが幸せだったのでしょうか。
親であり友であり兄弟であり、空気の様に信頼できる存在が側にいる日軸が大前提のはずです。
守られている安心感が、無意識下でも認知している時間のはず。
社会に出て俺達サイコ―NO1とか言う時間ではないでしょう。

断言は出来ませんけど。

私は、唯の労働者ですが、幸せがどの辺りにいるべきか知っている労働者であります。
一目散に算盤の珠をはじく合理化された労働者ではありません。(笑)

自分の心内(こころうち)の合理化に失望して、失敗しているからで御座います。

その屋根は金利が高かった時代の先代が残した屋根でしょうか?
もし不備がありましたら、まともな修理方法をお届け致します。

ずっとお届けしますね。